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(……さむ)
あの後、肌寒さに身震いして目が覚めた。
コタツをつけっぱなしで寝落ちしてしまい、肌の保湿を怠ったことよりも、電気代を想像してガックリした自分にまた落ち込む。
そうは言っても、また一日の始まりだ。
私がいてもいなくても、この世界のすべては変化なく回っていく――……。
(何それ)
おかしな思考だ。
いや、それもそうではあるんだけれど、「いなくても」って幸い私は元気でここにいるし、大体「世界」なんて大袈裟な表現だ。
(そんなに拗ねてるのかな)
確かに、学んだことは何であれ、無意味みたいに言われるのはショックだ。
価値観は人それぞれだとはいえ、胸にしまっておいてほしいとも思う。
でも、そんな反応はある意味想定内で、無傷とはいかなくても慣れっこだった。
(昨日、変な夢見たせいかな……)
それもおかしな話だった。
何か夢を見たことも、それが変な夢だったことも覚えているのに、なぜか内容を思い出せない。
すごく悲しい夢だった気もするし、それ以上に幸せな気分を味わった気もする。
何にしても、悪い夢ではなかったのだろう。
それだけはストンと腑に落ちた。
それも何だか、意味不明だけれど。
何はともあれ踏ん切りもついたことだし、仕事をしなくてはいけない。
考え事をしていても、足はちゃんと会社に着く。
「……す、すみません」
でも、やっぱりぼーっとしていたらしい。
会社の自動ドアを抜けようとしたところで、ほぼ同時に前に進もうとしていた隣の人とぶつかってしまった。
「いえ、こちらこそ……」
寧ろこっちが弾き飛ばした感じだったのに、その男性はしきりに頭を下げてくれている。
慌てて道を譲ろうとしたけれど、それも同じタイミングで身体を引いてしまって、また腕が触れてしまった。
「すみません……」
「い、いえ。その、どうぞ」
ここは、大人しく先を譲ってもらうべきだろう。
お礼を言おうと顔を上げた時、強烈な違和感を覚えた。
(……この人……)
どこかで見たことある。
ああ、隣の部署の人だ。
そう、昨日も休憩室で見かけて、ほら。
『まーだ、声掛けれてないのかよ。後悔するぞ』
『……そ、そんな。俺なんて……』
誰かを見つめて、そう言っていた。
「……あの」
だから、違和感なんておかしい。
そんなの、別に社内で見かけてもおかしな光景じゃない。
「す、すみません」
なのに、こんなにジロジロと眺めるなんて。
「……いえ」
失礼すぎるなと思って慌てて目を逸らしたのに、気のせいか――いや、気のせいに決まってるけど、その一言にも満たないような返事は、ものすごく甘く優しい。
ふわりと微笑まれたようにも思えて、我慢できずにもう一度見上げる。
眼鏡をしているのも、黒髪も。
きっと、昨日と同じだ。
ううん、そんなことも確かじゃないほど、私と彼の関わりはない。
(どうして……何を)
私は喉から絞り出そうとしてるの……?
「……ユー……リ……? 」
ただの音じゃなければ、これは名前だ。
誰の?
目の前の男性の?
話したことはおろか、仕事で関わったことすらない人の名前を、どうして私は知っているの。
――なぜ今、呼びたくなってしまったの。
「……うん……いや。こういう言い方はしてなかったね」
――ああ、そうだ。……エナ。



