「父……いや。結局、体良く追い払ったのと同じでしょう」
無意識に男をそう呼んだのを悔やむように打ち消し、一呼吸置いてエインは言った。
「そう思われても仕方がない。だが、実際は彼女は私からも逃げたのだ。私は……お前に、民を助ける為なら力を使えるような人間になってほしいと思っていたから」
エインはけして、困っている人を見て見ぬふりをするような人じゃない。
それでもやはり、母親としては不安だったのだろう。
私だったら、どうだろうか。
もしこの先、多くの人々の為にノアくんの力が必要になることがあれば――……。
「好きで持って生まれたわけじゃない。母さんは、使いたくなければ使わなくていいと言ってくれた。あんたから逃げたのなら、どうして……どうして、そんな男を責めさせてくれなかったのか」
「そこは相容れなかったが、仲違いしたわけではない。時折様子を見に行っていた」
「……っ、嘘だ……!! 」
――愛し合っていた。
「王妃やその親族の監視が厳しくなり、いつしか私の手が届かなくなっていった。だから、お前が現れた時は驚いたよ。恨んでいるのは分かっていたが、王の息子としてここに来れば、どんな扱いを受けるかも察していると思ったからな」
エインの親として、間を取ることができない内容の意見の相違はあっても、エインのお母様は父である国王を悪く言うことはなかった。
私の勝手な希望になるけれど、噂は本当で二人ともお互いに愛情はあったのかもしれない。
王は、エインにそれを教えないつもりなんだろう。
「そんな……そうじゃない。王の気持ちがどうだろと、やったことは同じだ。それに、知っていたならどうして……っ……」
「エイン……!」
動揺しているエインの隙を突き、ヴァルモンドが奪った剣を持ち出すエインを羽交い締めにした。
「……殺せよ。死にたいわけじゃないけど、別に生きたいとも思わない。僕は一応第二王子なんでしょう? 重罪確定だね。まあ、兄上が後々やりやすくなることくらいのメリットしか思いつかないけど……ううん。エナ様やノアを狙う者が減る。それで十分すぎ……」
「……っ、馬鹿なことを言うな……! 」
ユーリが怒鳴り、ヴァルモンドの手にある剣を握る。
「……兄……」
「お前には頼みたいことが山積みだ。治癒能力など使う暇もないくらいにな。今までちっとも手伝わなかったくせに、このうえいなくなるなど許さない」
カツンと音を立て、ヴァルモンドの手から剣が落ちる。
エインを掠めないよう刃の部分を握っていたユーリの手から血が滴り落ちた。
「……っ、追え……! 」
ヴァルモンドがエインを突き飛ばし、逃げるのを忘れて立ち竦んだ人混みを縫うように逃げた。
レックスの怒号を受け、側にいた兵が慌ててヴァルモンドの後を追う。
「よせ」
それを見送ってから、まだ呆然としながらも傷口に触れようとするエインをユーリが制した。
「これくらいの怪我で、力なんか使わなくていい」
「……っ、でも」
「母君のこともあるし、万能ではないのだろう。あまり使いすぎて、お前にどんな影響があるのかも分からない。安売りするな。……だが」
――エナの傷を治してくれたことには感謝する。
「……何それ。僕の出る幕はないって牽制? まあ、いいけど。エナ様とノアのことなら、いつでも言って」
ふわりと微笑まれたのは私の方で、ノアくんと一緒にユーリに駆け寄る。
「止血くらいして」
「汚れるぞ」
「私がそんなの気にすると思う? 」
上着を脱ぎ、ユーリの手に巻く。
目を背けたくなるような傷と血の量だったけれど、何としても目を開けておこうと抗う私に笑って、反対の手で頭を撫でてくれた。
「〜〜っ……、とと……!! 」
少し和んだ空気が、ノアくんの声で再びピンと張り詰める。
まるで、遅れてくるその現実をとても受け入れなれないというような――「あ」すら出てこないのを振り絞るように出したような声だった。
ゆっくりとノアくんの腕が上がり、ヴァルモンドが逃げた先を指差す。
「……ととしゃ……!! 」



