それから数日。
(……すうじつ、目が覚めない……)
もしかして私、あのまま死んじゃったんだろうか。
もしくは意識不明で、彷徨ってるとか。
何から何まで不思議で変なこの状況は、そうだとしか思えなかった。
まず、「数日経った」という表現が、的確すぎるほどこの身体が体感していること自体、ただの夢では説明がつかない。
ところどころ忘れたり、場面が変化したりといった、夢なら当たり前のことが私には一切起きない。
食べて寝て、お風呂に入ってトイレにも行く。
一日の行動すべてに自覚があるとでも言おうか、それはまるで普通に生きているのとまったく同じだった。
金髪に変化した自分含め、可愛い子ども、第一王子である夫、西洋風の豪華な城、メイドたち。
あり得ないのはそんな登場人物や設定のみで、日常生活のやり方自体――人間が生きていればするであろうことは、この世界でもしなくてはならなかった。
そう、言うならばこれは。
――異世界転生……ってやつでは。
「ただいま、ノア。今日も母様のところにいたのか。……本当にどうしちゃったんだろうな」
その声にギクリとしたのすら、気づかれてはいけない気がする。
「……おかえりなさい」
「エナも、ただいま。もう遅いし、ノアのことは侍女に任せてもいいんだよ。君、嫌がってたし、無理しないで。このところ、なぜかノアは君に懐いているようだけど、あんまり気を持たせるのも可哀想だからね」
(落ち着け)
この男の発言すべて、私へのひっかけだ。
明らかに、ユーリは私を疑っている。
そして、それを隠そうともしていない。
罠に掛かって、自滅するのを待っているのだ。
「……私の子です」
(奥さんの待つ部屋に戻るのに、足音すらしなかった)
「エナ」になり切ろうと演技をするなら、その発言は間違いなんだろう。
そう言い切ってしまうのも、エナにもユーリでさえも申し訳ないと思う。
(でも、やっぱり……嫌だ)
「とと、めっ!! 」
「めっ」して人差し指をユーリに突きつけ、とたとた駆けてくるこの子に冷たくなんてできない。
経験なんて何もないし、大変なことすら分かっていないかもしれない。
それでも、私にだってノアくんは可愛いことに変わりはないから。
「ノア。父様は心配してくれてるだけよ」
むうっと膨れながらも抱っこポーズをするノアくんを抱き上げると、怒ってしまって逆に悲しくなってしまったのか、丸くて青い瞳がみるみる潤んでいく。
「お話なら、ノアが寝ている時に。……私は逃げません。いつでも、ここに」
「逃げる場所がないの? それとも、本当に俺の側にいたいと思ってる? ……ねぇ、エナ」
やれやれと息子の頭を撫で、ベッドにくらいしか居場所がない私を揶揄するように言って、続けた。
「ま、どっちでもいいんだけどね。どっちが楽で、どっちが面倒かの小さな差だ。それに、そう言ってくれると話が早く済む」
――ご希望どおり、子どもが寝てから、ゆっくり語り合おうか。



