「人払いを」
「……か、かしこまりました」
エインの背中を見送ると、ユーリが不機嫌に言った。
慌てて出ていくジルにお礼を伝えたけれど、ビクリと震えた彼女に聞こえたかどうか。
「……すまないが、少しノアを頼めるか。外にレックスがいるから、護衛と遊び相手をさせてくれ」
「も、申し訳ありません。気が利かなくて……すぐ……!! さ、ノア様」
ジルに手を引かれながら、ジトーッと父親を見上げるノアくんから目を逸らし、ユーリがこちらに近づいてくる。
「やはり、バレたか」
「……ごめんなさい。何を間違ったのかすら分からないけど、どこかで鎌をかけられたのは確かみたい」
「いや。エインは気づいていると思っていた。……大丈夫か」
厳しく追及されることはなかった。
というより、私が偽物であることは確信していているようだったし、そこはもうどうでもいい様子ですらあった。
「エインのこともだが。さっきはすまなかった。乱暴だったな」
「え……? いや、別に……」
腰を抱き寄せられたことだろうか。
他に何も心当たりはないし、あれだって別に乱暴でも嫌でもなかった――……。
(……馬鹿)
じゃあ、他の人に同じことをされたらどうなのか。
そんなの、考えなくたって分かる。
私は、ユーリになら構わないのだ。
それはつまり、もう答えは出てしまっている。
「怒らないから、事実を教えてほしい。……これ以上のことを、エインはお前にしたのかどうか」
今度はそっと背中を引き寄せられ、もう片方の手で頰を包まれる。
「……させないわ」
「だが、俺にはさせている。そのままでいてくれる。それでは、期待するなと言う方が無理だ」
(……ああ、そうか)
好きにならないようにしていた。
だから、まだ好きじゃないと思っていた。
でも、本当はもう――……。
「……エナは帰ってくる。いなくなったわけじゃないのに、彼女から奪えない」
触れられても嫌じゃない。
拒絶しないのは立場や役目からではなく、単純に私がそれを受け入れていたから。
何の疑問ももたずに許せる理由なんて、一つしかないのに。
「それは、お前自身も俺と同じ気持ちだということか? 」
「……っ、だから……! 仮に私があなたを好きだったとしても、私が奪ったり貰ったりなんてできない。ユーリもノアくんも、エナの……」
それ以上は言えなかった。
唇を塞がれる少し前から、ユーリの優しい瞳を見て切なかったから。
「なら、俺が奪う」
(……ユーリ、ごめんね)
私は狡くて、最低だ。
「仮に」なんて、あまりにも嘘っぽくて、「代わりに奪って」と言ったようなものだ。
「お前は今、俺に無理やり奪われた。お前に、何の罪もない」
首を振り始めたら、涙が止まらなくなった。
無理やりキスされたんだから、仕方ない。
そんな逃げ道をくれるユーリの優しさを、私が受け取っていいのか。
ううん、いいわけがないのに。
そう分かっていて、いつかここからいなくなるのにこの気持ちを認めるのなら。
「……違う。私が、ユーリを好き……」
――せめて、自分で負わなくてはいけない。



