耳元で囁かれたのは、どんな愛の言葉よりも意外で、そのくせ、どこか諦めにも似た「やっぱり」が押し寄せてくる。
「貴女はエナ様に瓜二つ。というより、その身体はエナ様だ。まるで、魂だけ別人のものが入っているようですね」
「……そう思うなら、私のことは嫌いでは? 」
「いいえ。もっと好きになりました。エナ様に僕は共感して、きっとエナ様も僕に共感してくださったから、ある種の感情は芽生えましたけど。僕は、今の貴女をそっくりそのまま、僕のものにしたい。兄上から奪う必要はなかったんだ。だって、貴女の心は兄上のものではないのだから」
「誰のものでもないわよ」
身を捩って暴れようとすれば、「ジルに聞こえてしまいますよ」と甘い声で脅してくる。
「貴女は “兄上の” エナ様ではない。だったら、僕と結ばれる可能性だってあるはず。それとも、貴女はそんなにあの男が好きですか? ノアのことは考えず、ただ一人の男として見るなら、僕だって負けてはいないでしょう? 違う……? 」
ああ、完全にバレている。
私は何を間違ったのか、答え合わせすらしてはもらえない。
ただ不正解だったと突きつけられて、なぜか口説かれているのだ。
――「私」が。
「……っ。たとえ、すべてのことがなかったとしても、私はあなたと結ばれるつもりはないわ」
それならなおのこと、私は強く拒まなくてはいけない。
「なぜ? 僕のことが嫌いですか? 顔や性格だけなら、僕でも代わりになると思うのに。自惚れでしかないのかな」
「ユーリ様の代わりにしようなんていう人を、エインは選ばなくていい。それと同じように、私はそんなことしないという意思を持てる」
僅かにエインの身体を跳ね返しただけだったけれど、拒絶の意が伝わったのか、密着した身体に少し、空間が生まれる。
「じゃあ、こうしましょう。もしも、僕と逢瀬を続けてくれたら、僕の秘密を貴女に教えます」
「……秘密? 」
「貴女も兄上も、気になっているんでしょう? どうして、僕が母が亡くなったタイミングでこの城へと戻ったか。母を死に追いやった張本人とも言える国王を父と呼び、何不自由なく育った羨むことすら許されない男を兄と呼んでまで、どうしてここで過ごしているのか。どうです? 魅力的な提案ではありませんか。……ねぇ、エナ様」
――そそられる、でしょう……?
「もちろん、聞いた後は兄上に話しても構いませんよ。教えてあげたくはありませんか? 貴女の夫に。それとも、そんな義理はない? だったら尚更、僕と遊んでくれてもいいのに。……僕は、そんなに魅力がありませんか? 男に見えない? だったら、男だとしか思えなくなるようなこと、試しにしてみませんか。……ユーリではなく、僕と」
どうしてだろう。
初めて姉ではなく名前を呼ばれた時よりも、初めてユーリを兄ではなく名前で、しかも呼び捨てで呼んだ今の方が比べものにならないくらい怖いと思う。
「……ね、エナ様。言ったじゃないですか。兄上とも恋をして結ばれたのではないって。だったら、ちょっとだけ、僕とも遊んで……? 」
今度は、力一杯にエインの胸を押す。
さすがに想定外だったのか、それともわざとよろけてみせたのか。
ともかく、エインとの距離が離れたことにほっとしているのが泣きたいくらい情けな――……。
「……ひっく……うわぁぁん……!! 」



