「エイン……」
「こんにちは、エナ様。兄上が来るまでの時間が惜しいので、失礼しても? 」
ダメ、と言ってもいいんだろうか。
でも、それならユーリが制限させるだろうし。
少し迷った後、エインを招き入れた。
「……あのね。あんまり頻繁に、義姉の部屋を訪ねない方がいいと思うの」
「僕を気遣ってくださってるんですか? やっぱり、エナ様は優しいな」
(それはそうなんだけど、そうじゃない……)
それも分かったうえなんだろう。
エインがにこりと笑う。
「でも、僕は好きな人には会いたいんです。もう義姉上って呼ばないって決めたし。ノアのことは、僕だって愛しいから。……あ」
そこはそれ以上触れても同じというような、穏やかだけどきっぱりとした口調で言うと、エインは置いてあった編みかけのものに目を遣った。
「懐かしいな。母もよく作ってくれました。あ、母のことはご存じですよね」
「……少しだけ、ユーリ様から」
「そっか。よかったら、いろいろ訂正させてください。僕は別に、兄上やノアを憎いと思ったことはありません。身分の高い者が低い者に手を出すなんて、男も女もよくある話で、もっと酷い待遇だった人もいるでしょう。確かに、楽しくて幸せな思春期を過ごしたとは言えないけど、それでも僕は幸運でした」
「幸運だったからそれでよしなんて、無理に思うことはないわ。エインが辛い思いをしたのなら、いくら幸運だったとしてもあなたは大変な時間を過ごした。……これからは、そうじゃないといい」
今になってこの城に来た目的が何であれ、ユーリやノアくんの命を狙ってのものだとは、どうしても思えない。
「……貴女も、そう言ってくださるんですね」
「……えっ……」
(……っ、しまっ……)
エインは悪い人ではないと思う。
そうだとしても隙を見せてはいけないと、必死にその目から視線を逸らさずにいたのが裏目に出たのか。
意識が薄れていた足元が、抱きしめられた瞬間に浮ついてエインの胸に倒れ込んでしまう。
「……エイン様……! エナ様をお離しください……!! 」
「もう少しだけ許して。どうせ、もうすぐ兄上が来る。僕は、この限られた時間を無駄にはできない。……下がっててね」
「エイン。ジルを巻き込むのはやめて」
意外だと思うのは、私が油断していたからなんだろう。
きつく抱きしめられているのでも、強く押さえつけられているのでもないのに、いくら押し返してもエインはピクリともしなかった。
「何もしませんよ。母のことを見て育ちましたから、似た境遇の人に力を使うなんてこと、したくない」
「……うん。そう信じたいの。話なら聞く。でも、これはダメだわ」
「そうでしょうか。貴女の気持ちが僕に向けば、許されるかも」
――だって貴女は、エナ様ではないのだから。



