(……はぁ……)
他に考えなくてはいけないことがたくさんあるのに、ある意味一番予想外のことが起きた。
まさか、ユーリに告白されるなんて。
「ははしゃ」
「うん。あ、待って。危ないから」
抱っこの依頼のポーズが繰り出され、目が解けないように注意しながら、側に棒針を置いた。
「くるくる? 」
「見るの好きなの? 抱っこしてるとできないな」
大分慣れたとは言え、膝やら腰やらに結構くる。
そんな経験を自分ができるとは思ってもなかったし、ほぼ諦めていたようなものだけれど、ちょっと辛い。
ユーリの話からすると、母親に甘えられる環境ではなかったようだから、今くらいいいかとも思う。
何より、私がノアくんとこうして過ごすのが好きなのだ。
(某・ちびっこ定番アニメキャラもどきの刺繍も喜んでくれたし。こういうのは、どこも共通なのかな。アニメ最高)
うろ覚えで自信もなかったが、幸いこの世界に正解を知る人はいない。
それが何だか分かる人もいないけど、まあノアくんが気に入ってくれたからいいだろう。
何にせよ、通信講座や動画からの知識も馬鹿にはならない。
収入にはならないかもしれないけど、この笑顔に励まされた。
今の時代、何でも検索すれば事足りるという意見も正しいんだろうけど、私の場合は学んでおいてよかった。
「……すごい……。エナ様、その編み模様、どうなっているのですか? お手元を拝見していたのですが、流れるようでついていけなくて」
「ジルも一緒にやる? よければ、教えるけど」
「いえっ、そんな……! 恐れ多いです。でもあの、ご迷惑でなければ、お気が向いた時に見ていてもよろしいでしょうか」
「もちろん。でも、私も一緒にやってくれる人がいた方が楽しいから」
「で、では……! 今度、自分用に道具を準備して……」
(……あ、やっぱりこれ、高いのか。そんな気はしてたんだけど、ジルに同じものをあげるのはダメなのかな)
「……ねぇ、ジル。これ、私には少し扱いづらいの。新しいものが欲しいから、手が空いた時に持ってきてくれる? 似たもので構わないから」
「えっ? か、畏まりました。お好みが分からなくて、申し訳ありません」
「ううん、馴染まなかっただけよ。特に拘りはないから、どこのものでもいいの。あと、せっかく準備してしもらって悪いから、この古いものはあなたの練習用にでもしてくれるかしら」
「っ、あ……エナ様」
わざとらしかった。
もっと自然に上手くやらないと、余計にジルが気を遣ってしまう。
「ありがとうございます」
「……っ、ううん。私こそ」
(そういえば私、友達いなかったな……)
人付き合いが上手くできない私が、よくここでやっていられるものだ。
やらないとどうしようもないのもあるし、エナが社交的ではなかったのに助けられているのもある。
ジルにとっては仕事だけど、それでもジルの存在もまた救いだ。
「あ」
ピンとセンサーでも反応したように、びょこんと跳ねるように立ち上がったノアくんが、ドアの方にトコトコ歩いていく。
(これは……)
ドアの外にはレックスもいる。
ユーリは部屋の中にレックスを待機させていたいようだったけれど、今日は窓の外にも見張りを置くことで許してもらっている。
ノアくんの様子で訪問客の正体に想像はつくが、万一のこともある。
「ノア。母様が開けるから、後ろに……」
「何を仰るんですか……!? 私が開けますから、お二人とも奥にいらしてください。でもあの、扉を叩く音でも……? 」
しまった。
いやでも、ジルに開けてもらうわけにもいかない。
ドアノブに手を掛けて、何だか分からないけど譲らないというジルの手に自分のものを重ねる――と。
「何か騒がしいけど、大丈夫ですか? エナ様、ノア。僕です。エイン」
(……ですよね)
「?? 」
相手はエインなのに、何を揉めてるんだろうと不思議そうに見上げるノアくんをそれでも内側に入れ、そっとドアを開けた。



