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「とと、めっ」
みんなが帰り、ジルが届け物をしてくれてからしばらくして、ノアくんが沈黙を破った。
「何で俺だ。この場合、 “めっ” は母様じゃないか」
「……何もしてないもの」
納得いかないと額をそっと弾かれて、ノアくんまで不機嫌になる。
「そうかもしれないが、自分に好意があると分かっている男に警戒心がなさすぎだ」
「……好意は置いといて、エインが犯人だとは思えないの」
「大事なことを置くな。……それとも、お前はエインの方が好みなのか」
「は? 」
しまった。
王子様に、一番言ってはいけない一文字だったかも。
「お前も変わっている。俺やエインのような顔と立場の男に口説かれて、そうして間抜け面でいられるとは」
「ちょっと待って。あなたがいつ、私を口説いたって言うの。エナのことはそうだったかもしれないけど、生憎私にその記憶はないの」
「それは悪かったな。なら、さっきのエインのあれは、お前のなかで口説く行為に該当するのか」
「それは……! …………かもね」
確かに、あれは「エナが」口説かれた。
とはいえ身体は一つなのだから、今は私がエナを守るしかない。
でも、その目が自分を見ていないと私一人知っているから、いまいち危機感を持てないのだ。
他人の恋愛を盗み見ている気分とでも言おうか、私にとっては私のことじゃないんだから、仕方ないと思う。
「めっ!! 」
間にいるノアくんに、今度は二人とも「めっ」を食らってしまった。
「……確かに、今のは “めっ” だな」
「……うん」
ユーリに口説かれた覚えはない。
きっと、これからもそうだろう。
それでも、機嫌を損ねたノアくんのぷにっとした手を、二人ほぼ同時に両側から取って繋いだこの時間は愛しいと思う。
「……軽率で悪かったわよ。でも、人が口説かれているのを見て警戒しろと言われても、どうしたって他人事なんだもの」
「他人事じゃないかもしれない。俺はそう言ってるんだ。だからこそ、余計に不用心だと」
「まさか。だって、エインがエナを好きなのは以前からよね? 私がこの身体に入る前のことでしょう」
いくら好きな相手だと言ったって、中に別人が入ってるなんて発想にはそうそうならないだろう。
レックスのように、替え玉ではないかと疑う方が普通だ。
「そうだが。ここ最近で、より強くお前に惹かれるようになったのかもしれない。俺の目には、エインが今のお前の方に執着しているように見えてならないんだ。妻が弟に言い寄られているのを見るのは、意外と最悪の気分なのだな」
――つまり、嫉妬だ。



