そんなこと、できるわけない。
エナだけじゃなく、私自身もエインにマイナスの感情は抱いていないけど、無理なものは無理だ。
「エイン……」
「ね、ノア。僕だって、いい父様になれるよ。嫌かな」
意味を分かっていないノアくんはにこにこしていて、それを切なそうに見つめるエインの瞳は、ユーリと同じくらい愛しそうで苦しい。
「……確かに、今の私とユーリ様の関係は、普通の夫婦とは言えない。幼い私が夢見たものとも違う」
「……だったら……! 」
――でも、それを始めたらダメだ。
「……失礼しました。貴女やノアに大声を出すなんて」
「……ううん」
エインの細く長い指先が耳の輪郭まで辿り、慌てて身を引いた。
(……何やってるの……)
言葉では否定しながら、これだけ距離が近いことは見逃していた。
ううん、頰に触れられた時点で、その手を払うべきだったのに。
「貴女は素直ですね。警戒しなくていいって、言われたとおりにして下さって。でも、それが誰にでもではないことは分かってる。……自惚れ、酷いですか」
エインが格好いいから?
私やノアくんに優しいから?
でもそれなら、もしもこれがユーリだったら――……。
「……妃から離れろ、エイン」
ドアが乱暴に開く前に、エインが肩を竦めていた。
切なげな表情が一転、自らを嘲るように歪んだのが見えて、私は何も反応できずにいたのだ。
「だからさ、まだ違う。喜ばしいことに、父上はお元気でいらっしゃるからね。それとも、即位する目処でも立ってるの? 」
「地位に関係なく、エナが俺の妻であることに変わりない」
「ふぇっ……」と泣くのを我慢したノアくんが、恐る恐るユーリの足元まで行き、不機嫌な父にぬいぐるみを差し出した。
「それくらいになさって下さい。何事も起こりませんし、他に考えなくてはいけないことが山積みです」
「妻を誘惑されて、黙っていられるわけないだろ」
「……されません」
それを受け取って、ぬいぐるみの手で息子の頭をぽんぽんするユーリは、何をどう思っているんだろう。
第二王子である弟に妻を奪われるなんて、国としてはあってはいけないことだ。
でも、ユーリ個人には……?
「エナ様の気持ちがないのに、これ以上のことをするつもりはないよ。当たり前のことだ。ただ、僕を見てもらえるように努力はする。僕の想いは、義務でも偽物でもない。真実だから」
「……エナと結ばれたことを義務だと思ったことはない。この婚姻だって、本物だ」
「それが、余計に傷つけるのだと感じたことは? 」
(……しっかりしなくちゃ)
いくら私の恋愛経験が乏しいからって、この不安な状況で甘さに流されてみたくなったって、エナとユーリ、ノアくん家族には何の関係もない。
ノアくんの両親は、ユーリとエナだ。
私の気持ちがユーリに向こうが、エインに惹かれようが変わりようがない。
それにそもそもこの二人だって、エナを見ているのだから。



