私は普通の会社員で、特に何か秀でた才能も際立った魅力もない、夜中一人でくだを巻いて寝落ちするような奴だ。
本当に普通の――もしかしたら普通すぎて普通じゃないくらい、目立たない存在。
でも、それをこの世界の住人に説明するのは難しい。
「……何者でもないわよ」
「ただのお姫様か? 以前のあんたと違って、そうは見えないが」
泣く寸前なのに、レックスを睨むノアくんに笑いながら、頬を突く。
「敢えて言うなら、今の私は “ただのお姫様にもなれなかった” 人間よ。あなたに、どう見えていようと」
「――……あんた、」
「あ」
レックスが何かを言いかけた時、突然ノアくんが弾かれたようにドアに駆け寄った。
「ダメよ、ノア。ドアから離れて」
(……誰か来た? )
レックスとジルが入室した時、ユーリが戻ってきた時だって、ドアに寄ることはなかったはず。
もちろん、予知とはまったく関係なく、ただ何となくドアの方へと走っていったのかもしれないけど。
「下がってな、ちび」
小首を傾げるノアくんは悶絶級の可愛さだけど、今はそんな場合じゃない。
「ノア、おいで」
半ば強制的にノアくんを捕まえて、後ろ手に隠す。
納得がいかないのか首を傾むけたままだけど、万一のことがあっては大変だ。
「あんたもだ、奥方様。窓には寄るなよ」
そんなの分かってる。
侵入者だろうと弓矢だろうと、ノアくんには絶対に触れさせないと、小さな身体に覆い被さる。
じゃあ開けるぞと目配せされ、レックスに頷いてみせた。
「ははしゃ」
「……っ、ノア、じっとして」
バンザイして抱っこ待ちしてるノアくんは、この状況が分かってないのか何ともほのぼのだ。
いや、分かるわけないだろうし、分かっていたら切ない。
でも、今回は随分ご機嫌――……。
「ったく、緊張感ねぇな。この親子だか何だかは……ゔっ」
「ちょっとー。何で開けてくれないのさ、レックス。ずっと待ってるんだけど」
ちょうどレックスがドアを引こうとしたタイミングで逆に外から押され、結構な音を立てドアがレックスの顔を直撃した。
「あっ、レックス。なんだ、そんなところにいたの。それなら、さっさと開けてよ」
――エイン。
「お加減はいかがですか、義姉上。ノアも、元気そうだね。よかった」
(……どういうこと……)
そんなことを思う方がおかしい。
でも、予知能力があるというノアくんの反応を見ると、エインのことを疑えなくなりそうで怖い。
だって、ノアくんの力は、特に「悪意を持った何か」により強く働いているように見える。
今回は、まるで「好きな人が来るのが分かって嬉しかった」だけみたいで――……。
「……いかがなさいましたか、エイン様」
「いかがって。義姉上と甥っ子に会いたかっただけ。何か問題ある? 」
――最低。
自分の発想にそう思いながら、すぐそこでそのあどけないエインの様子に危機感を覚えている。
小首を傾げる、その年齢よりも幼く見える仕草は。
(……ノアくんみたい)
――さっきのノアくんに、すごくよく似ていた。



