・・・
(……はぁ)
ノアくんやレックスの手前、心の中で溜息を吐く。
(あれはまずかったよね……)
『なぜ、泣く』
自分でも信じられない。
私は英菜であって、「エナ」じゃない。
どんなに大変な思いをしてノアくんを授かり、産んだのかだって知らない。
この身体は、エナのものた。
それなのに私は、いつかノアくんの側にいられなくなることを悲しんでいるどころか、自分の子どもだって思っていたがっているなんて。
それどころか、まさかとは思うけど。
(ユーリに惹かれてるなんてことは……)
――ないと、はっきりとは言い切れない。
こんな意味不明の心細い状況で、英菜として話せるのはユーリだけだ。
おまけに外見はお伽噺の王子様そのもので、ノアくんの父親であり、対外的には私の夫でもある。
何より、器用なようで不器用な優しさも感じられるようになってきた。
こんな状態では、好きになるなというのは酷。
でも。
好きになるのは、もっとずっと酷なことも分かってる。
だって、私の意識は元の世界に戻るのだ。
戻る努力はできてないし、何をどうしていいのかも分からない。
この事件を解決したら帰るのか、何か関係があるのかも不明だ。
でも、確実にこの身体から私はいなくなる。
それだけは、決まってることなんだから。
「ははしゃ」
「……ん? 」
いけない。
ぼーっとしすぎていた。
私のことはいくら考えても分からないんだから、ノアくんを守ることに集中しなくちゃ。
「ん」
申し訳なさそうに、自分の服の裾を引っ張ってその箇所を見せてくれた。
「あ、どこかに引っ掛けちゃったのかな」
「申し訳ありません……! 至らなくて。すぐにお召し替えを……」
「そんな、ジルが気にしなくていいのよ。ちょっとほつれてるだけだし、私も気づかなかったんだから。これくらいなら、針と糸を貸してもらえれば……」
(……やば)
レックスとジルの反応が怖い。
ジルは驚きすぎて言葉にならないみたいだし、レックスはさも胡散臭そうにこちらを見下ろしていた。
ノアくんは聞いていたのかにこにこして可愛いけど、それでは二人とも納得してくれなさそう。
メイドを叱責まではしなくても、服を自分で縫うなんて、確かにお妃様ぽくはなかった……んだろう。
「……そ、その。ユーリ様はお忙しくて、なかなかいらっしゃらないし、暇なのよ」
この際、ユーリを恋しがってみるしかないと思ったけど、それもレックスには不審でしかないようだ。
でも、言ってしまったものは、もうどうしようもない。
お姫様かお嬢様とはいえ、そんな教養があったっておかしくない……と思う。
エナはそういうのが好きじゃなかったかもしれないが、侍女と親しくもなかったようだし、ここはもう逃げ切るしかない。
「……か、畏まりました。さすがにその、ノア様のお召し物は新しくお持ちしますが。何か、エナ様のお気が紛れるようなものをお持ちします」
「ご、ごめんね。いつでもいいの、本当に」
「いえっ、今すぐ……!! 」
「あっ、ジル……」
(……行ってしまった……)
やってしまった。
ジルだけなら、まだいい。
変だとは思っただろうけど、深くつっこまれることはないはず。
そう、問題は――……。
「ははしゃ」
ただならぬ気配を感じ取ったのか、笑顔がみるみる曇り泣きそうな顔になったノアくんが、ぴったりとくっついてくる。
「……大丈夫」
「……別に、危害を加えたりしない。またあんたに何かあったら、今度こそ首をはねられかねないからな」
――だが、あんたは本当に何者なんだ。



