「義姉上、ノア。元気にしてる? 」
「……」
昨日の今日で、しかもユーリの不在時に平然と――というか、エインはご機嫌で部屋にやって来た。
『……他に、私が知っておくべき人物はいる? 』
『山ほどいるに決まってるだろ。そもそも、お前の出自や俺との馴れ初めなんか、まったく理解できてないどころか、疑問にも思ってなかったんじゃないか』
あれから、部屋に戻ってユーリとそんなやり取りをした。
「疲れただろう」とユーリは気を遣ってくれたけど、やっぱり話を聞いておいてよかった。
確かに「何が何だか分からないけど、ファンタジーな世界」と自分を納得させていて、何の疑問も持っていなかった。
「お見舞いに花や果物を持って行くのもダメだって言われちゃいました。 “全員疑えと言ったのはお前だ” って兄上は言うけど。僕が言ったこととは、ある意味真逆なんだけどなー。だから、ノアに絵本やお絵描き道具を持って来たよ」
「ありがとう」
ユーリは、ノアくんの力についてはエインに話していないと言った。
『エインが姿を現すようになったのは、つい数年前なんだ。悪い奴だとは思わないが、俺や王室を恨んでいても仕方ない。……かなり辛い目に遭っただろうからな』
(……妾の子……)
普通と言えば普通なのだろうか。
ただ、エインの場合、母が使用人だったのだと言う。
ユーリの母であるお妃様からは、随分酷い扱いをされたようで、実母が伏せってからは彼女の田舎で看病していたと。
それが数年前、ふらりとエインは現れた。
彼の母親が亡くなったのだ。
「誰も近づけるなとの、ユーリ様の命です」
「守れなかった奴が、よく言うよね。大丈夫ですよ、義姉上。僕が来たからには、もう貴女が傷つくことはありませんから」
「……あ、ありがとう」
レックスが目を光らせてはいるけど、立場上は王子様が上……なんだろう。
『反対意見を押し切って、父が迎え入れた。俺も異存はなかったし、当然だと思う。資金的な援助はしていたんだろうが、本当ならこの城で二人とも過ごすはずだったのだから』
そんな事情や、またユーリの母もほぼ同時期に亡くなったのもあり、国王にそれ以上の反対をする者は出なかったという。
「おっ、上手上手。ノアは芸術的な才能があるんだね。武術や兵法なんて、習わなくてもいいんじゃない」
「……エイン様。くれぐれも、奥方様を困らせるようなことがないようにと仰せつかっております」
表向きは礼を崩さないレックスをチラと見た後、エインは大袈裟に肩を竦めてみせた。
「そんなつもりないよ。ノアの遊び相手くらい、僕にもできるし。可哀想じゃないか。生まれた場所と親がこうだからって、したくもないことをさせられるのは」
「……エインも……? 」
それはまるで、自分がそうだったと言うようで、思わず口から漏れてしまった。
「いいえ。僕は、幸運で幸せです。何もかも兄上には敵わないけれど、そもそも求められてもいないし。……義姉上は、やっぱり優しいですね」
(……やっぱり……? )
これまでの想像で、エナはあまり人付き合いがないものだと思っていた。
でも、考えてみれば、エインがこれほどまでに彼女に執着する理由はあるはずだ。
「あーあ。兄上よりも先に、義姉上に逢いたかったな。せめて、ノアが生まれる前に」
言葉とは違い、ノアくんの頭を撫でるエインの表情は柔らかい。
「んー、でも。やっぱり、まだ間に合うかなって思ってるんです。兄上に何かされたら……されなくても、僕を頼ってくださいね。もちろん、ノアのことだって、僕は愛せるから」
そんな不穏な台詞が聞き間違いかと、自分の耳を疑いたくなるほどに。



