「エイン」
私とユーリはそんなに変わらない年齢だと思うけど、彼は少し年下に見える。
「兄上は厳しいようで甘いよ。確かに疑心暗鬼になるのは良くないけど、かと言ってこの一度の赦しのせいで、義姉上に何かあったら……」
「……わ、私は大丈夫。今回は、ユーリ様が狙いだったようだし」
ユーリの弟。第二王子。
結構な重要人物だ。
「そんな、ダメだよ。もしかしたら、兄上を襲うと見せかけて、義姉上がターゲットだったかもしれないじゃないですか。もしも貴女に何かあったら、僕……」
(……いろんな意味で、かなり重要そう)
「エイン。人の話を聞け」
「聞いてるよ。いろーんな人たちの話を、ちゃーんとね。兄上の気を引く為の、義姉上の自作自演だって愚かな発言まで、しっかり僕の耳に入ってる。こんな噂話が広まらない為にも、信頼できるとお互いに示す為にも、早急に手を打つべきじゃない? 」
「……今、犯人の特定に注力しているどころだ」
「もちろん、兄上は寝る間も惜しんで対策してるって、みんな知ってるよ。だから、兄上の労力を減らす為にも」
――無実を証明するのが難しいなら、疑わしい者はすべて、殺しちゃえばいいんじゃない?
ざわざわともせず、しんと静まる感じとも違った異様な空気が室内に広がる。
じわりと心に侵入しようとする何かを断ち切るように、ユーリが口を開いた。
「可能だった者全員処刑するとなると、ほぼ全員ということになる。そんなことしたら、別の問題まで出てくるだろ」
「えー、そうかな。手っ取り早いと思うんだけどなー」
本気で言ってるんだろうか。
とんでもない人が登場してきた。
「それくらいにしろ。妃が怯える」
「あっ、ごめんなさい、義姉上。義姉上を怖がらせたり、嫌な思いをさせたいわけじゃないんです。ううん、寧ろ逆で、そんなの絶対僕がさせないよ。だから、安心してくださいね。ね、あね……」
(……うわ、抱き締められる……!? )
側にはユーリがいるし、父である国王の前でもある。
何より兄の妻だという存在を、いくら好意をもっているからといって、これ以上距離を詰めてくることなないと油断していた。
「……っ、いたた……。酷いよ、兄上。捻り上げるなんて」
「どっちが酷い。エナは、俺の妻だ」
私を腕で抱き寄せ、逆の手でエインの手首を捻るまで、あっという間だった。
エインという存在に呆気に取られていて、私はまったく反応できなかったけど、さすがにユーリは素早い。
「むー、そんなの知ってるよ。でもさ、でもさ。……まだ、妃ではないもんね……? 」
さっきの全員消せばいいと言った時の顔と似てる。
恐ろしいくらい、美しい弓形に弧を描いた唇にゾッとする。
「僕は進言したからね。大切な人を守るには、それなりの犠牲はつきものだ。特に、兄上のような立場の人はね。ましてや、相手は悪人じゃないか。あまり、悠長なことはしていられないかも」
「……分かってる」
本気? 本心?
それとも何か、考えや目的があって動いているのか。
「ま、でも、安心してよ。兄上にもしものことがあっても、僕がいる。僕が義姉上のことを大切にするから。もちろん、ついでにノアもね」
「……お前こそ、安心しろ。そんな日は来ない」
私を腕で制し、ユーリが一歩前に出てくれる。
それでも、見えてしまった。
「うーん。不安なんだけどなー。あっ、それにね、兄上。さっきも言ったけど」
――エナ様を妃って呼ぶのは、まだちょーっと早いかもよ?
そう、小首を傾げるエインの可愛らしい顔が。



