翌日。
私の体調に問題がないことを確認したユーリは、広間へと連れ出した。
「本当に大丈夫? 辛くなったら、いつでも言うんだよ」
広間への扉の前でもう一度確認してくれたユーリは、既に溺愛モードへと移行している。
でも、自室で無理はしなくていいと言ってくれたユーリも、言葉遣いこそそっけなかったけれど、同じように優しかった。
こくんと頷く私を労しげに見下ろし、背中を支えながら中に入る。
そこには、既に政に関わるなかでも重要な人物と思しき顔ぶれが揃っていた。
もちろん――。
「ああ、エナ。回復して本当によかった。ユーリの為にすまなかったな」
ユーリの父、国王陛下も。
「いいえ。ユーリ様がご無事ならば、それで」
「いいわけがないよ。君を失うなんて、俺もノアも耐えられるわけがない」
伏せる私をすぐに立たせ、取った手の甲に口づけを贈るユーリは王子様そのものだ。
「ユーリ様。でも、やっぱりこれでよかっ……ん…
…。このような公の場で、そのような……」
唇を人差し指で塞がれて引けた腰を、ユーリの腕が捕らえる。
「随分、上手じゃないか」
耳元で囁かれて思わず睨むと、それすら良い出来だと目を細くする。
「ある意味、内輪の集まりだ。本当に恐ろしい思いをしたのだから、始める前にこれくらいは許される。……何せ、この中に犯人がいないとも言い切れないしね? 」
(なるほど)
探り合いと牽制の場に、私は呼ばれたらしい。
「疑心暗鬼に誘うのはよせ。内部にいるとも断言できないのは同じだ」
「それはそうですが。妻に矢が当たって、平気な顔をしていろと? 」
「……ユーリ様。それについては、先に私に沙汰を。エナ様の御命が危ぶまれたのは、私の責任です」
(……なるほど)
私には、意外とやることが多い。
普段とは別人のような佇まいでいるレックスが、私の前に跪いた。
「……ノアをと命じたのは私です。今後もノアとユーリ様を頼みましたよ」
こうした宣言がないと、ずっと謹慎していなくてはいけない。
腕の確かさと忠誠心を兼ね備えた人間は、ユーリにとって今のところレックスしかいない。
いつまでも、じっとしていてもらっては困るということか。
「ご温情感謝致します。未来の妃殿下」
面倒と言えば面倒だけど、他が黙っていないんだろうな。
どこの国でも、どの時代でも蹴落とし合いはあるのかも。
レックスが処分や降格されてしまったとして、次に現れた人をノアくんの側に置けるかと言われると、やっぱり怖い。
(……いや、レックスが信用できるかと言われると微妙なんだけど。でも、ユーリの親友だし)
頭の中でぐるぐると考えていたせいで、自分の手の居場所に気がつくのが遅れた。
「もちろん、ユーリ様もノア様もお守り致します。それに、今度は必ず、貴女様のことも。私の妃殿下」
「……っ」
(〜〜っ、そこまで演技しなくてもいいんじゃない!? )
「……誰がお前のだ。私の、妃だ。エナの慈悲を勘違いするな。まったく、この場でよく調子に乗れるな」
「貴方の奥方様、つまりは私の妃殿下でしょう。どこもおかしくありませんよ。忠誠を示そうとしただけです」
冗談を言える場ではない。
肝が据わっているというか、何と言うか。
ともあれ、手にキスなんてされる前にユーリが容赦なく叩いてくれてよかった。
レックスなら、別に何の意味もなくとも、それくらいやってしまいそうだ。
(……はぁ。私の仕事って、あと何があるんだろ)
芝居がかった口調も、背筋を伸ばすのも疲れる。
何より、国王や宰相みたいな、偉そうな人たちに終始見られているのは緊張する。
顔と名前が一致しないどころか、何も知らないのがバレたら大変だし、そろそろ気分が悪いとか何とか都合をつけて退出できたら――……。
「えぇぇー。甘い、甘すぎるよ! また同じことが起きたらどうするのさ。まったくもう……」
(……無理そう)
――というか、また登場人物が増えた。



