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熱く、それでいて寒気がする。
でも、そんな感覚が戻ってきたことにかえって安心した。
(……生きてる)
ほっと息を吐いたつもりだったけど、どうやら上手くいかなかったようだ。
(護身術、習っといてよかった)
代わりにそんなことを考えて、何の現実逃避か分からないけれど、おかしくて仕方ない。
キックボクシングを習ったけど、ダイエット目的のコースでは物足りなくて、わりと本気で護身用に切り替えたのだった。
まあ、全然関係ないとは思うけど、多少なりとも役に立ったのならよかった。
こんなファンタジーな世界で、どっちが非現実的なんだろうと笑ってしまう。
でも、頬の筋肉が麻痺しているのか、それも思うようにはいかなくて、急激に悲しくなって意識を別のところに移そうとする。
そういえば少し、掛けられた布団の上が重い気がする。
「……あ……」
ノアくん。ユーリ。
二人の名前も呼べない。
「……っ、エナ」
それでも、側にいてくれたユーリには届いたのだろう。
すぐに顔を上げ、髪をそっと掻き上げるように触れた。
「気分はどうだ。……いいわけがないな。ごめん……」
具合を尋ねるのに、「大丈夫」以外の言葉を見つけるのは難しい。
首を振ると、ユーリの眉間に皺が寄った。
「……喋れないのか」
どうして、そんな顔をするんだろう。
所詮見せかけの夫婦であるどころか、私はその紛いものだ。
そんなに労しげに見つめることも、悔しそうにすることもないのに。
「傷の処置は済んだ。それほど深くはなかったらしいが……恐らく、痕は残る」
そんなの、大したことじゃない。
この場合、生きてるだけで幸運だ。
「……本当に悪かった」
「……のあ……」
「ノアは無事だ。そこで眠ってる。傷に障ると言っても聞かなくて。大泣きした後、やっと寝てくれた」
「よかっ……」
よかった。
それを聞けたら、傷痕なんてもうどうでもいい。
「動くな。……矢に微量の毒が塗ってあった。死に至るものではないらしいが、熱が高い。今日はずっと付いているから……」
(忙しいなら、無理しないで)
そのつもりで首を振ったのに、ユーリは私の手を握った。
「俺が診ている。……心配するな」
喋れないなら、触れることで異変が起きれば察すると。
そうしたら、ユーリの寝る暇がない。
「ノアのことはともかく、お前が撃たれたのは俺のせいだ。それくらいさせてくれ」
ユーリのせいじゃない。
咄嗟に動いたのは私の判断だし、この国のことを思えば、これでよかったと思う。
「俺のせいなんだ。……お前が俺を庇うという発想がなかった。そのせいで、判断が遅れた」
(本当の夫婦じゃないんだから、それも当たり前。気にしなくていいのに)
「いいから寝ろ。あまり話していると、ノアが起きる」
両方の瞼を、ユーリの掌が覆う。
強制的に暗闇が訪れ、そうしている間に睡魔が襲ってきた。
「……ノアはともかく、どうして俺まで庇った」
(……どうしてって)
必要だと思ったから。
反射神経の良さが役立って、そんなことを思う間もなく身体が動いていた理由は、私にも分からないけど。
「おやすみ、エナ。……側にいる。俺も、ノアも。何も心配いらない」
ユーリの掌を感じながら、意識が遠退いていくのを待つしかない。
そしてそれは、ここに来て初めて、圧倒的な安心感のある眠りだった。



