(……何だったんだろう……)
昨晩のユーリは、様子がおかしかった。
息子が狙われたのかもしれないのだから、それも当然なんだけど。
それにしても、妻の偽物である私に優しいのは変だ。
もっと変なのは、嘘っぽい王子様口調じゃなく、どちらかと言うと素顔のユーリに優しくされたみたいで。
(疲れてるんだろうな。寝室ですら、気を抜けないなんて)
そんなことを思う私は、確かに暢気なものだ。
でも、お人好しだというのは少し違うと思う。
ノアくんや国の為なら、きっと躊躇なく殺されてしまうと分かっていても、ユーリという人が嫌いにはなれなくなってきた。
身分や立場をよく知らない私からしたら、ユーリはただのいい父親だからだ。
「……エナ様……」
今日も朝から付いていてくれるジルと一緒で、私もとても落ち着けなかった。
「分かる。何も言われないのも不気味だし、緊張しっぱなしで疲れるわよね。せめて、もっとだらけてちょうだい、ジル」
何もしないでいるのも辛いんだと思う。
それでも、頼まれてもいないことをして余計に疑われるわけにもいかない。
「ははしゃ」
ピッとドアを指すノアくんも、いいこにしてくれてるのが可哀想なくらい暇だろうな。
「ごめんね、ノア。今日は、お散歩はできなさそう」
「玩具でも持って来れたらいいのですが。でも、ノア様はあまりお好みにはなりませんものね」
玩具で遊ぶと言っても、相手は大人ばかりでつまらないのかも。
王室の子育てがどんなものなのか知らないが、見ているだけでも窮屈だ。
「あーっと、邪魔するぜ、お妃様。元気にしてたか」
ノックもされず、気がついたら扉は開け放たれ、大柄な男が乗り込んでいた。
未来のお妃様に対して随分親しげだけど、知り合いだろうかと、不自然にならない程度に目を走らせ情報を得ようとする。
「……っ、レックス殿。如何に貴方様とは言え、無礼ではありませんか」
「旦那の許可は得ている。それに、俺たちの仲だろ。な、エナ? 」
(ジル、ありがと)
つまり、この男――レックスは、ユーリと親しい間柄。
軽装らしいけれど、しっかり防具を身に着けているあたり、ファンタジーでいうところの騎士様か、少なくとも武人であることは間違いなさそうだ。
王子であるユーリをそんなふうに呼ぶのを見ると、親密度は高く、身分もそれなりだと思われる。
「そんなに仲良くなった覚えはないのだけれど。人違いではありませんか、レックス殿」
(……どうだ)
“エナ”の性格からすると、エナとレックスの関係がどうあれ、こういう反応はしそう……な気がする。
(当たれ当たれ当たれ……)
僅かに眉を上げて、こちらを窺うレックスの目に、できるだけ無表情でいようとは思うけど、内心恐怖で気が狂いそうになる。
「相変わらず冷たいな。聞いてた話と違うじゃないか、親友殿」
「次期王の妻を口説いておいて、何が親友だ。お前の女癖の悪さを今更どうこう言うつもりはないし、寧ろ関わりたくない。だが、彼女で遊ぶのはよせ。子どもの前だぞ」
「気に入らないのは、ちびの手前か? それとも、本気でお前自身が嫌なのか」
「彼女に何かあろうものなら、俺は親友だろうと消すさ。その為に呼ばれた自覚はあるのか、騎士殿よ」
子どもがいなくても、酷い軽口の応酬だ。
げんなりしてノアくんの耳を塞ぐと、抱っこのポーズ――と思いきや、小さな手で私の耳も塞いでくれた。
「それで、人気者の騎士殿が、既婚者相手に何のご用かしら」
紛うことなき天使だ。
今更ながら自分の適応能力に呆れるけど、この子を守る為だ。これでいい。
「だって、君があんまり泣いて頼むから。妻子に泣かれて、昨夜は本当に堪えたんだよ。だから、折衷案を持ってきた」
――これで許してくれないかな。俺の妃。



