『不審な真似はするな。お前は、性格の悪い妃候補だ』
朝、ユーリにそう釘を刺されたけど。
「まあっ、エナ様……!? いかがなさいました。おしめですか、おやつですか!?!? 」
「……いや、あの。お散歩してるだけなので、気にしないで」
歩くだけでおかしな驚き方をされるけど、もちろんこれはノアくんに対してだ。
当のノアくんはご機嫌で私と繋いでいる反対側の手を振って、そんなみんなに応えている。
(城内を歩くだけなのに、そんなに変なのかなぁ……)
ノアくんを守る為なら、部屋でじっとしていた方がいいのかもしれないけど、それではあんまり可哀想だった。
(だってこの子、全然我儘言わないんだもん。可哀想すぎるよ)
大泣きしたり、嫌々することもない。
何もないところをぼんやりと羨ましそうに見つめるノアくんを見ていると、胸が締め付けられる。
私の方が、部屋でじっとなんかしていられなかった。
「ははしゃ、あれ」
ぽよっとした指先が刺したのは、窓から見える庭園。
「綺麗なお庭ね。行く? 」
ここから見るだけでも緑が多く、花もちらほら咲いている。
ノアくんだけじゃなく、私の気分転換までできてしまいそうだ。
コクッと頷くノアくんに引かれながら、周りの――と言うより、近寄ってこないから、通路の両脇からの視線を無視して庭へと向かう。
「わぁ……」
緑の中に入れば、感嘆の声が漏れて慌てて口を閉じた。
初めて来たみたいな、まるで観光地に来た人のような反応をしてしまった。
(……気をつけないと)
「ん? 」
くいっとドレスを引っ張られて、見た先には。
「ハーブもあるのね」
誰かの趣味かな。
もしかして、本当にエナのお茶用とかだったら危ない。
一応把握――お妃様がそんなことしなくてもいいのかもしれないけど――一応、そんなものがあるくらいは知っておかないと。
「これ」
「うん。これね。これは……」
(……これは、確か)
前に勉強した知識を探り、ノアくんの手をぎゅっと握る。
「そろそろ行きましょうか。あんまりウロウロすると、父様が心配するわ」
(誰に、どう聞こう)
気のせいだとは思う。
むやみに嗅ぎ回って、不審に思われるのは避けたい。
そうすると、必然的にユーリしかいないことになるけど、果たして教えてくれるかどうか。
「……ははしゃ? 」
「ううん。何でもないの」
いけない。平然としていなくちゃ。
大体、無関係に違いないのだ。
「あっ、エナ様。おかえりなさいませ……その。どちらにいらしたのですか? お茶のお時間にお姿がなかったので、心配で」
「ごめんなさい」
オドオドと、でも、意を決したように言うジルに謝ると、ここでもかなりびっくりされてしまった。
ポットやカップを持ったまま探させたようで、申し訳ない。
「ああ、庭をご覧になってたんですね。ちょうど私も、お茶の為に摘んできたところだったんです。そろそろ、ハーブティーをお飲みになりたい頃かと思いまして。あ、あの、もちろん毒味は致しますから……」
「……っ、それ、もう飲んだ? 」
「いっ、いえ。申し訳ありません……! い、今すぐ」
しまった。
言い方が悪かった。
まだ済ませてないのかと叱責されたと思ったジルは、あろうことか廊下でカップに注ごうとし始めてしまう。
(なんで、都合よくこんなところに置き台が……! )
案の定、それを見つけたジルがトレーごとその台に置こうとするのを、思わず手で弾く――と。
不安定に置かれたカップもポットも、ガシャンと音を立てて割れ、中のお茶は床に水溜まりを作ってしまった。
「……っ、申し訳ありません……!! お怪我は」
「それはジルの方よ。怪我はない? ごめんなさい、熱かった……」
「いえっ!! す、すぐに片づけて参りますので……!! 」
(……行っちゃった)
「……ごめんね。ノアは大丈夫? 」
どこも汚れてないし、濡れてない……と思う。
心配そうに見上げる丸い瞳に笑いかけ、今度は私が彼の手を引く。
やってしまった。
もしくは、これで正解だったんだろうか。
メイドいじめをしている妃候補に、ひそひそ話を始める人たちの視線を感じながら、必死に部屋までの道順を思い出そうとした。



