トペニという男のために。
 どんどん話が複雑になっていく。
 イナズマさんは、恐らくだけど。
 良い騎士なんだと思う。
 口は悪いし、不良ぶっているけど。
 面倒見の良い人なんだなと感じる。

 約束の場所は、カスミ様の屋敷だった。
 聞き間違えたのでは? と思った。
 一度たりとも、カスミ様は私を屋敷に招き入れたことはなかったからだ。
 いつだって、庭園でおしゃべりするばかりだった。

 扉の向こうにあるのは、ホールだ。
 無数のソファー。
 そして、グランドピアノが置かれてある。
 ホテルのロビーのようだ。
 薄暗く、油断したら。
 躓いて、転んでしまうのではないかと思った。

 約束の相手がどこにいるのかが、わからない。
「失礼します。お約束しましたマヒルです」
 大声で名乗り出たが、相手の気配がない。

 イナズマさんには一人で来るとの約束だったから。
 一気に不安になった。
 馬車まで戻れば、バニラがいてくれるけど。


「そこにあるピアノで一曲弾いてほしい」

 数分後。
 若い男性の声が降って来たので、身体をびくりと震わせた。
 どこにいる?
 ところどころ、蝋燭の明かりはあるけど。
 姿が見えない。

「そうだな。君が一番好きな曲でいいよ。テクニックもある程度、見せてね」