遣らずの雨 上

「‥本社に出張ですか?」


金曜日の夜、【むらせ】で食事を
した後、酒向さんの家に泊まる為、
向かう車内で出張のお話を聞き
少し驚いた


東海地方に日帰り出張や、支店に
外出などはあったものの、前任の
鵜飼主任の時だって泊まりの本社出張は
一度もなかったのに‥‥



『ああ。来週の水曜日から本社で
 大規模なマーケティング戦略会議が
 開かれるから、5日間行くことに
 なった。』


5日間‥‥‥


それだけ酒向さんが、本社時代から
優秀な人材なのだと改めて思う


現に、酒向さんが名古屋に異動されて
から、各店舗の数字がかなり大幅に
増えたのだ


古くからあるいいものはそのままに、
無駄を省いた働き方で、みんなの
残業も減ったし、本当にすごい人だと
思っている



「‥‥気をつけて行って来てください。
 みんなきっと寂しがりますね‥」


酒向さんとこういう関係になって
もうすぐ2ヶ月。


社内では普通にしていたいという
私の気持ちを汲んでくれ、今でも
私情は持ち込まず、尊敬する上司として
仕事をさせていただいている。


成瀬さん達‥‥酒向さんがいないと、
仕事に身が入らなかったりして‥‥




『君は寂しがってくれないの?』


えっ?



帰る前に寄る予定だった大型スーパーの
立体感駐車場で、運転席からハンドルに
両腕をもたれさせこちらを覗く綺麗な
顔にドキッとさせられ唾を飲み込む


「‥‥まだ実感していませんが、
 きっと出勤して酒向さんがデスクに
 いないと分かった時にすごくそう
 思うと思います‥‥。」


素直に一言「寂しい」と伝えたら
いいのに、この顔を前にすると、
なかなか緊張が解けず濁してしまう


そんなの言わなくても‥‥‥
寂しいに決まっている‥‥‥。


そこに居るだけで安心する存在だし、
何よりこの隣にいる過ごし方を知って
しまったから、また1人で過ごす
時間が続くと寂しいと思う


『フッ‥‥それじゃ週末は新名が寂しく
 ならないように甘やかさないとな。
 食材を買って帰ろう。』


甘やかすって‥‥

そんなのいつもしてもらってる‥‥


逆に酒向さんを甘やかしてあげれる
ことはないのだろうか‥‥


余裕が感じられる大人な対応や、
経験不足な私の物足りない言い方にも
否定すらせずに向き合ってくれている

 
こんな私に酒向さんがこれ以上
望むことなんてあるのかな‥‥