遣らずの雨 上

家まで送ってくれた酒向さんと別れて
熱気がこもる室内の窓を全部開けてから
ガーベラを花器に飾り植物達に水を
与えた。


‥‥‥あんなに一緒に過ごしたのに
もう会いたくなっている‥‥


少し前の自分からは想像出来ないほど、
既に酒向さんの存在が大きいのを
痛感してしまう



「‥‥‥‥」


お母さんのそばに居られなくて
飛び出したあの日から、この家の中が
私にとって唯一リラックスできる
場所だったのに、外の世界を知れば
知るほど狭い世界で生きて来た事を
実感する


皐月の心臓をもらっておいて、
自分なんて生きていていいのかと
心のどこかでいつも感じながら
過ごして来た


それなのに、初めて私の殻を破って
包み込んで来た人に、どうすれば
幸せになってもらえるかを考えている



「‥‥1日でも長く‥‥元気な自分を
 見せたい‥‥」



偽って生きて来た自分ではなくて、
残された時間を酒向さんの前だけは
紗英としていたい‥‥


名前は自分で決めて変えたから、
皐月のままでも構わない。
15歳で止まったままの紗英が、
今初めて前を向いている


この気持ちを大切にしたい‥‥


皐月‥‥‥‥。
そっちに行ったらどんな怒りも
受け止めるから今だけ許して欲しい‥


両手で左胸をそっと押さえると、
外から吹き込む風に空を見上げて
瞳を閉じた