遣らずの雨 上

『新名、卵と生クリームを混ぜたら、
 塩と黒胡椒をひとつまみ入れて、
 材料を全部入れてごらん?』


次の日の朝、緊張で疲れてしまって
いたのか、酒向さんのキスに力が
抜けてしまったのか8時過ぎまで
一度も起きず寝てしまい、遅めの
ブランチを一緒に作っているのだ


昨日は何もしないって言ったのに、
あんなキスをされるなんて‥‥


あー駄目だ‥‥思い出すだけで
流されてしまった自分が恥ずかしくなる


『もっと優しく混ぜないと‥‥
 フッ‥‥ここばかり見過ぎ‥‥』


えっ?


自分の指で唇をトントンとする仕草を
して笑う酒向さんに、無意識にそこを
見ていた自分のいやらしさにより
顔が熱くなっていく


ボウルを抱えて泡立て器で混ぜながら
俯くとクスクスという笑い声と共に
頭を軽く撫でられた


何もかもが初心者で申し訳ない‥‥


相手は33歳と大人で、経験も知識も
きっと沢山あると思うのに、人付き合い
からスタートしている私には、何が
普通でどうしていればいいのかが
分かっていない‥‥


下手したら小学生でませている子の方が
私の先生になれるのかもと思う。



『うん、いい感じだね。
 それじゃあマフィン型にパイシートを
 切って敷いたらそこにそれを流して
 焼こうか。オーブンを温めておくから
 ゆっくりやってごらん?』


冷凍のパイシートを6等分に切り、
ベーコン、ほうれん草の卵液と
しめじ、プチトマトの卵液をそれぞれ
溢さないように注ぎ、チーズを軽く
散らした。


キッシュなんて‥初めてでドキドキする


本当に酒向さんは料理上手で
勉強になるけれど、これも全部
彼女さんのレシピなのかな‥‥‥


前にそう言っていたことを思い出し、
私には何もレシピがないことに改めて
落ち込んでしまった。


過去は変えられないし、今があるのは
過去を過ごしてきたからだ。


酒向さんもそうだし、私も生きていなければ出会うこともなかった人‥‥


そう思うだけで、この何気ない時間も
大切にしないと勿体無い。


キッシュを焼いている間に、
キャロットラペ
サラダ
オニオンスープを作り
最後に買ってきていたフランスパンを
切ってお皿に並べた。


「美味しそう‥お店みたいです。」


『一緒に作ると楽しいだろう?
 お店で食べた方が美味しい物も
 あるし、家でしか食べられない味付け
 もあるから、また作ろう。』