『‥‥風邪をひくよ。』


「‥‥‥‥」


傘をさした酒向さんに手を引かれると、
もう何も言えずに俯くしかなかった


挨拶もせずに逃げ出し、
結局捕まってしまうなんて格好悪い‥


『乗って?』


車を停めている場所まで来たのか、
ドアが開く音に俯いたまま横に首を振る
と大粒の雨に変わり、傘に打ちつける
雨音が激しくなっていく


『新名』


「もう‥‥私のことなんて‥‥
 放っておいて‥‥貰えませんか?」


紗英という名前についても、
まだ何も話せていないけれど、
それ以外、私と酒向さんを繋ぐものは
上司と部下以外何一つない。


それなのに‥‥こんな雨の中
ここまで追いかけて来るなんて
どうかしてる‥‥‥。


『悪いけど‥‥それは無理かな‥』


「ッ‥‥どうして‥‥もう‥‥
 苦しいのに‥‥‥なんでですか?
 私には酒向さんのその優しさが
 ツラいんです‥‥。」


明日心臓が止まるかもしれない‥‥


妹の心臓を奪っておいて生きてる
私なんかが幸せになれない‥‥


何度も繰り返し手術した傷痕よりも、
目の前にいる酒向さんを今後
傷つける方がツラいのに‥‥‥。



目から沢山涙が溢れ、両手で顔を覆うと
次の瞬間背中を抱き寄せられ、酒向さん
の胸にもたれかかった。


『‥‥‥もう君のことばかり考えて‥
 おかしくなりそうだ‥‥』


えっ?



少しだけ強引に私を助手席に
座らせると、酒向さんもすぐに
運転席に乗り込むとすぐに
エンジンがかけられた。


『家まで送る。
 風邪をひいたら大変だから‥』



寒さからなのかよく分からない震えに、
サッとかけられた酒向さんの
ジャッケットは、まるで両手で
抱きしめられているかのような感覚に
また涙が溢れ出た



ザーザーと降る雨と、好きな人の香り。






あなたのことばかり考えておかしく
なりそうなのは‥‥


私の方だ‥‥。


ううん‥‥もうとっくに
おかしいのかもしれない‥‥‥。



そうじゃなきゃ、今、酒向さんと
こんなことをしているなんて
考えられないのだから‥‥‥。



頬を撫でる指が私の涙を拭い、
その指が顎に添えられると、
近づいてきた顔に瞳を閉じる間もなく
唇がゆっくりと塞がれた。