遣らずの雨 上

深く深呼吸をしてから重いガラスの
扉を開けると、目の前にいたのは
宮川さんだった。


『あら‥またのこのこと戻って
 来たのね?』


当社のブランドに相応しい装いを
堂々と姿勢を正し着こなす姿に、
背を向けず綺麗なお辞儀をすると、
ショップの店長の元に挨拶に向かい、
影からお客様の様子を見させて
頂くことにした。


今私がやるべき事は、宮川さんの
話を聞く事じゃない。


マーケティングの仕事の為に、
許す限りの時間を使って顧客の
ニーズに応える事だ


インカムから聞こえるスタッフとお客様
の会話を聞きながらメモをし、
どのような目的でどの服を手にし選ぶ
のかを目を逸らさずにモニターで
チェックをし続ける。


その時に気付いたのは、様々な装いで
買い物に来る人が多いという事。


私のようにカジュアルだったり、ラフ
だったりする人も居れば、エレガント
、フェミニンな上品な装いの方も
いて本当に様々だ。


どんな人にも選ぶ権利はあり、
変わりたい、挑戦したい人を応援できる
、そんな環境に思う‥‥‥


「今日はありがとうございました。」


『いえ、お役に立てて何よりです。
 本社の方や酒向さんにはとても
 緊張しましたが、新名さんは
 またいつでもいらしてください。』


お礼を伝えて店舗内に居た酒向さん
の元に駆け寄ると、宮川さんの姿が
見えず辺りを見渡した


『宮川は本社から連絡があって、
 先にホテルに戻ったよ。』


「そうだったんですね。
 酒向さん‥‥お休みの日にここに
 連れて来てくださり本当にありがとう
 ございました。」


酒向さんが誘ってくださらなければ、
ここで聞いた事、目にした事を
知らないままだった。


市場調査の大切さを改めて実感したし、
マーケティングに置いて必要な時間
だとも思える


『いい顔をしてるな。
 じゃあ帰る前に新名も店長に
 コーディネートしてもらいなさい。』


えっ?


『自分で考えた特別な1日に着たい
 服を選んでごらん?そしたら
 もっと顧客の気持ちに近づける
 はずだから。』


私の特別な‥‥1日?


ファッションもインテリアもとても
好きだけど、特別な日に着たいと思う
服は買ったことがない‥‥


私にそんな日が来るのかな‥‥。


夢なんて願ってはいけないと思って
生きて来た人生で、皐月が大好き
だったファッションの世界に
飛び込んだ。


部屋の中にだけは好きな植物と本を
置いているけれど、そのほかの物欲
は外の世界に出たいという夢が
叶った時点で何もなくなっていた。