遣らずの雨 上

エアコンが稼働する音しか聞こえない
空間で、酒向さんの手の温度と真っ直ぐ
な視線に目が逸らせない。


「‥可愛くはないですが‥
 酒向さんの言葉は信じます。」


初めて会った日にも嘘はつかないと
言っていたことを思い出し、この距離に
耐えられなくなったのでそう伝える


『それじゃあ俺からは新名に勇気を。』


えっ?


近づいてきた顔にヒュっと息を呑み
目を瞑ると、酒向さんの唇が、私の
唇のすぐ横に触れ、すぐに離れた


『フッ‥‥さてと‥‥今から俺と
 もう一度市場調査に行く?
 それとも行かない?』


立ち上がった酒向さんに、何が
起きたかよくわからず見上げると、
綺麗な顔が優しく笑い私を見下ろした。


「‥い、行く‥‥‥‥行きます。
 あ‥‥でも宮川さんが‥‥」


『言ったはずだよ。
 新名の仕事が優先で、邪魔になるなら
 別行動をすると。
 だから何も気にせず居ればいい。』


酒向さん‥‥‥


『車で待ってるから、準備したら
 降りておいで。‥‥待ってる。』


頭をクシャリと撫でてくれると、
酒向さんは部屋から出て行ってしまった





‥‥‥えっ?


さっき‥‥ここに‥‥キス‥‥した?


唇の横に残る感覚に、自分の指を
そっと触れさせると、一気に現実に
引き戻され顔が熱くなる


‥‥‥勇気を与えるって
それがキスっていうこと?


よく分からず半分パニックになるものの、下で待たせていることを思い出し、
水で洗った顔をアイスノンで冷やし
てからスキンケアと日焼け止めを
手早く塗り直した。


服は‥‥うん‥‥このままで行こう。


うちのブランディングには合わない
装いかもしれないけれど、今は
全く気にならない‥‥‥。


酒向さんの目に私がどんな風に
写っていたのかは分からないけれど、
さっきの自分ではなく、今の自分の
方がいい仕事が出来るはず


サンダルを履き玄関の扉を開けると、
酒向さんが待つ場所へ急いだ。


「遅くなってすみません!
 お待たせしました。あとこれ‥
 飲んでください。」


『ありがとう、いただくよ。』


冷蔵庫から持ってきたミネラルウォーターのペットボトルを差し出すと、
受け取ってくれた酒向さんが助手席の
扉を開けたので、頭を下げてから
乗らせて頂いた。


平常心‥‥さっきのは何でもない‥
何でもない事だし、私が泣きすぎて
パニックになってたから、なんとなく
したことなはず。


ただの励ましみたいな事だから、
私が変に意識したら、市場調査が
しにくくなるから‥‥。


『フッ‥‥‥可愛いな。』


ドクン