遣らずの雨 上

手を引かれて椅子に私を座らせると、
ティッシュで私の涙を優しく拭って
くれた。


「‥‥‥勝手に帰ってすみませっ‥
 グスッ‥‥仕事としてせっかくの
 学ぶ時間を‥‥グスッ‥作ってくださ
 ったのに‥‥‥。」


『それを放棄してまで帰る理由が
 あったのだろう?』


こんなくだらない理由なんて言ったら、
きっと呆れられてしまうと思う。


酒向さんにとってはどうでもいい
ことであって、宮川さんに言われたのは
一つのきっかけになっただけ。


「‥‥‥お店の扉を開けるのが
 怖くなったんです‥‥‥」


『どうして?』


「neLuの社員なのに、ふさわさくない
 格好で来てしまいましたし、
 そんな私がここのブランドの
 広報だということにも恥ずかしくなり
 逃げました‥‥全て私が悪いんです」


しゃがんで私の手を握り下から見上げる
酒向さんに、情けなくて泣きながら笑い
かけ、こんな役にも立たない部下で
申し訳ないと心から思った


『うちのブランドの服を買いに
 来る人が新名のような服装で来たら
 スタッフは追い返す?』


えっ?


『違うだろう?‥‥みんなここの服が
 見たくて、着てみたくて勇気を出して
 あの扉を開けてるんじゃないのか?
 俺は、特別な日に着たい1着という
 コンセプトは、これから何かしらに
 挑む女性が纏う最強の1着を選びに
 来てると思ってる。
 新名はそんな人達に言葉で勇気を
 与えられる人だよ。』


酒向さんの言葉に、また涙が溢れて
しまうも横に大きく首を振る。


自信たっぷりにお店の重い扉を開けた
宮川さんに対して、扉に手さえ
かけることが出来なかった‥‥


『いつもTシャツにパンツの新名が、
 今日は全然違って、駅から出てきた
 時、俺には何かを得る為に頑張りに
 きた可愛い女性で嬉しかったよ。』


「嘘‥‥‥笑ってたって‥‥
 変だと思ったんですよね?」


宮川さんの言葉が頭の中で何度も
リピートされ、その度に着ている服を
脱ぎたくなっていた。


着れるものなら私だって可愛い服が
着たいのに‥‥‥って。


酒向さんの手がもう一度ティッシュで
涙を拭い、俯く私の頬を両手で包み
距離をグッと近づけてくると、目の前に
綺麗な顔があり心臓がドクンとハネた。
 

『俺‥‥嘘はつかないけど、
 それでも今の言葉は信じられない?』