遣らずの雨 上

男性は白地に様々な模様が描かれた
ツートンカラーの物が多いから、
それこそどれでも同じ雰囲気には
なるけれど、女性ものは色浴衣のみで
20種類近くの柄物ばかりで、シンプル
なものが一つもない。




『これなんて新名にいいと思うけど』


えっ?


淡い薄紫と水色を混ぜたような浴衣に、
紫陽花が描かれているものを酒向さんが
手に取ると、私にそっと渡してくれた


『みんな着てるし、1人じゃないから
 心配しなくてもいいよ。』


酒向さん‥‥


「ありがとうございます‥‥。」


部屋の前で酒向さんと別れると、
優子が戻ってくる前にと急いで部屋の
温泉に浸かると気持ち良すぎてずっと
入っていたくなるような気分になる


‥‥‥やっぱりまたここに来たいな


お湯をパシャっと顔にかけると、
外の景色を眺めながら溜め息を吐く


望んではいけない幸せ。

見せられない傷痕。

言えない秘密。


その全てが私が外の世界で生きる為に
得た代償だ‥‥‥


そんなことわかってて今までやって
来たのに、酒向さんといると気が緩む
から困っているし、自分の為に生きては
いけないのも分かってる。


ファッションが好きな皐月の為に入社
した場所が、今では関係なく好きだ。


まさかその場所で、心を掻き乱される
人と出会う人生になるなどと、数ヶ月
前までは思っても見なかった


大きな溜め息を吐いてから内風呂で
全身を洗いお風呂から出ると、
先程の浴衣を広げて鏡の前で羽織る


「‥‥‥可愛い」


色味は薄いピンクも混ざっているのに、
紫陽花が大人っぽくて、素敵な柄だ‥


傷口が見えないように胸元をしっかり
隠して腰紐を結ぶと、ドアの開く音が
して優子が帰ってきた


「おかえり。温泉気持ち良かったよ。
 夕食前に優子も入っておいで。」


『‥‥‥皐月いいよ!似合ってる!
 普段ボーイッシュな服ばかりだけど
 柔らかい色味もすっごい似合う!
 そのセレクト大正解だわ。』


「そ、そう?恥ずかしいな‥‥
 でも‥ありがとう。」


酒向さんに選んでもらったとは絶対
言えないけど、褒めてもらえたことが
素直に嬉しくて照れてしまう


優子の選んだ柄は薄い緑にピンクの
牡丹藤が描かれていて、これもまた
素敵だった。


『お疲れ様です。』


旅館の食事処になっている場所に
向かうと、個室が貸し切られており、
広めのスペースに12人が座れる
席が用意されてあった。