遣らずの雨 上

立ち上がるのをやめた酒向さんが、
もう一度床に座り直すと、私の左手を
両手で包み込んだ。


私は‥‥今‥‥無意識に掴んだの?


体が勝手に動いてた‥‥。
自分から距離を置くと決めたのに、
帰ろうとする酒向さんを引き留める
なんて‥‥


自分のとった行動に恥ずかしくなり、
真っ直ぐ見つめてくるその視線に
耐えられず反対側に顔を傾ける。


『新名‥‥』


グゥーーー


「‥‥ッ!!」


こんな時に、盛大に部屋に鳴り響いた
お腹の音にビックリしてしまうと、
私の手を握る酒向さんの手が少しだけ
震え始め、次の瞬間笑い声が響いた


『ハハッ‥‥そういえばご飯がまだ
 だったな。それだけ元気なら明日も
 心配いらなさそうだ‥‥。』


「き、聞かないでくださいッ‥」


『フッ‥‥‥何にも聞いてないし、
 聞こえてないよ。それじゃあ俺も
 今度こそ帰るよ。また明日。』


離された手がものすごく寂しさを
感じながらも、起きあがろうとする
私を制すと私の家から帰ってしまった



ガチャ‥‥バタン



「はぁ‥‥‥‥」



あんな風に仕事以外で楽しそうに笑って
くれる酒向さんを久しぶりに見た‥‥


いつも話題もなく、喜ばせてあげれる
事も出来ないのに、お腹の音一つで
あんなに喜んでくれるとは‥‥


不整脈が突然出た事には驚いて
パニックになってしまったけど、
今後もきっとこういう事は出てくる
のかもしれない。



暫く心臓が安定するまで横になったまま
左手をずっと見つめ、咄嗟に手を掴んだ
事を思い出す


心と体は別なのかな‥‥‥。
だとしたら、私は酒向さんを求めて
いるのだろうか‥‥。




『おはよう、よく眠れた?』


そんなに荷物が多くない私は、
大きめのバックパックを背負い
家を出ると、そこにいた酒向さん
に驚いて足が止まってしまった


「‥‥何してるんですか?」


スーツ姿とは違い、
おろされたヘアスタイルとラフな装いが
素敵過ぎて直視できず戸惑う


一瞬違う人かと思うくらい雰囲気が
違うし、スーツの時よりも少しだけ幼さ
さえ感じる


『昨日の今日だから心配でさ。
 もう苦しくない?』


心配させてしまった事に申し訳なくなる
ものの、優しさのある人だから
迎えに来てくれたのかもしれない。