遣らずの雨 上

良かった‥‥

誰にも見られてないよね‥‥


『病み上がりなんだからやっぱり
 今日は帰ったほうがいい。
 それとも家まで送ろうか?』


「だ、大丈夫です!
 そうですね‥‥‥今日は帰ります。
 お、お疲れ様でした。」


ぺこっと頭を下げると、自分のデスク
から鞄を手にし、そのまま部署を出た。


またあの腕の中に入るなんて想像も
してなかったし事故だって分かるのに、
心臓が煩く激しく鼓動し続けるので
カバンを胸の前でギュッと抱える


相良さんの時はあんなに嫌だったのに
一言声をかけられるだけでこんなにも
感情が揺れてしまう



帰宅後早めに入浴を済ませると、
ベッドに横たわりながらカーテンも
閉めず、満月の月明かりが優しい
夜の空をずっと眺めて過ごした


この心臓は私の心臓じゃない。
皐月の大切な心臓だから負担を
あまりかけたくない‥‥



冴えない私じゃなく、元気で明るい
皐月がここにいたらあんな事を
言われずに済んだはずだ‥‥


(紗英!聞いてよ!今日ね‥‥)

(新しく駅前に出来たカフェがさぁ‥)

(私ね、好きな人が出来たかも‥‥)
 


目を閉じると、10年前の皐月の姿が
昨日のことのように思い出される


殆どベッドに寝たままだった私に、
外の世界のいろいろなことを話して
くれたのが皐月だ。


休みの日にはフリフリの可愛い
ブラウスや柔らかいシフォンの
ワンピースがよく似合ってたし、
長くてふわふわの髪も可愛かった


生きてたら‥‥
酒向さんの隣に居たのは
本物の皐月だったかもしれないね‥‥


明日は生きてるのかも分からない
日々を精一杯生きているけれど、
皐月が出来なかった事、
見たかった世界を少しでも心に
思い出として残すよ。だから
いつか沢山話を聞いてほしい。


その時は、酒向さんの恋人にも
会えるだろうか‥‥


きっと酒向さんが一途に思うように、
彼女も同じように思っているはず。


あんな素敵な人とお別れするなんて、
想像出来ないツラさを経験されて
旅立たれたのかな‥‥


一筋の涙が目から溢れシーツを濡らし
ながらも、綺麗な夜空を眠くなるまで
ずっと見ていた‥‥