遣らずの雨 上

主任が異動で来てなかったら、
私なんかと友達になることもなかった。


10歳という歳の差を感じさせない
距離感に、どう向き合えばいいか
正直迷う事も多々ある。


「あ‥あの‥‥聞いてもいいですか?」


食事も大体食べ終わり、
そろそろ終わりの時間が近づいて
来た頃合いに、箸を置きミネラル
ウォーターをゴクンと喉に流した


『どうかした?』


「酒向さんが私と友達になりたいと
 思えたのってどうしてですか?」


初めて【むらせ】で食事をした日に
言われてからずっと疑問に思っていた


同性ならともかく冴えない自分の手を
握った主任の大きな手の温もりを
あれからも時々思い出している


仲良くしてくれるだけでいい上司と
部下という関係でも十分なのに、
【友達】という括りに入れてもらえて
主任にとってはメリットがあったのか
すら分からない


『少し自分の懐かしい話を聞いて
 貰ってもいいかな?』


懐かしい話?酒向さんの?



『3年前‥‥俺は君に救われたんだ‥』


ん?


思ってもみない話に驚きを隠せず、
落ち着いて話す主任に目が見開く。



3年前の記憶は全然残ってるけど、
こんなに目立つ容姿を持つ人に
会ったら忘れるはずはないと思う。




『フッ‥‥覚えてるはずないよ‥。
 直接は会っていないからね。それに、
 当時は別人なほどに冴えない容姿を
 していたし、あの頃は彼女の事から
 立ち直れてはいなかったから。』


酒向さん‥‥‥



『当時さ、研修期間の課題にもあった
【私と服】というテーマでとても
 気になった作文を書いていたのが君
 だったんだ。
 その当時何を書いたか覚えてる?』


えっ?‥‥作文‥‥?
あったのは覚えているけど当時の自分が
何を書いたかなんて覚えていない‥‥


首を小さく横に振ると、酒向さんが
フッと息を溢したあと私を見て何故か
嬉しそうに笑った



『他の人はファッションについて
 専門用語や好きというアピールを
 するものが多かったんだけど、
 新名さんだけは違ったんだ‥‥。
 本当はそれを着たくても着れない。
 手に取って試着してみたい。
 でも出来ないから、着てる人を
 沢山近くで見たい。それだけで
 着ている幸せを感じられる。
 そう書いていたんだが‥‥‥‥‥
 その顔は思い出したみたいだね。』


ドクン