遣らずの雨 上

ドアを支えてくれている主任に頭を
下げると小さいながらもオシャレな
空間と、目の前のガラスケースに
並べられたケーキに目移りしてしまう


可愛い‥‥それに美味しそう‥‥‥


『どんなケーキが好きなのか教えて
 くれないか?』


「そんなの知ってどうするんです?」


私と目線を合わせるように、
ショーケースの中身を見る主任に
思わず鼻をすする。



『来年の誕生日には君の好きな
 ケーキを用意したいから。』


ドクン


はぁ‥‥全く‥‥
この人は人の心を乱してくる天才だ


甘いものが好きだと知ったら、仕事の
終わりにこんな場所にまで自分の時間を
割いてまで連れてくるし‥‥


「いい友達ですね‥‥ほんと‥‥
 私には勿体ないや‥‥‥。」


『新名‥?』


「グス‥‥これがいいです。」


中のを堪えてショーケースを指差し、
主任に向かって笑って見せる


本当は特にこれが好きなんてケーキは
ないんだ‥‥


でもせっかく友達からお祝いして
貰えるのなら、王道のショートケーキに
したかったのだと思う


『フッ‥‥分かった。これで来年は
 大きなホールケーキが用意できる。
 遅くなったけど誕生日おめでとう。』



口約束だし、来年なんてどうなって
いるか私には分からないけれど、
そう言ってもらえただけで最高の
バースデープレゼントになっている。


家まで送ってもらい主任を見送ると、
お皿にケーキを取り出し、食べずに
暫く眺めてしまい、一口食べた甘い
味にまた涙が出そうになる


「‥ッ‥‥‥美味しい」


甘酸っぱい苺の酸味が切なくて、
泣きながら最後まで美味しくいただいた


もしかしたらこれが最初で最後の
バースデーケーキになるかもしれない‥


胸を手で押さえながら、望めば望むほど
辛くなるって分かって生きて来た人生
を忘れかけていたことに気付く


上司でもあり友達という関係性に
居心地を覚えてしまったことを‥‥


これ以上今の関係性が深くならないよう
境界線を張ろう。傷付くのは私だけで、
酒向さんには悲しい思いをさせたくない


恋人を失った悲しみを知っている人だからこそ‥‥‥私はそばにいたらいけない
人間だと思うから‥‥



ねぇ‥‥そう思うよね‥‥紗英‥‥