遣らずの雨 上

『新名‥‥‥ハグしてもいいか?』


「はい‥‥勿論です。」


フッと笑った酒向さんに笑顔でそう
答えると、大好きな香りに包まれ
目頭がグッと熱くなる


もうこの腕に抱き締めて貰える日なんて
来ないと思ってた‥‥


『‥‥今、新名は幸せで生きてる?』


酒向さん‥‥


「幸せです‥‥
 毎日好きなものに囲まれて
 楽しく私らしく生きてます。
 だから‥‥大丈夫です‥‥。」


『そうか‥‥‥良かった‥‥。
 君に会えて今の俺がいる。それだけは
 忘れないで、いいね?』


少しだけ力強く抱きしめられた
腕の中で何度も頷く。


今後、こんなに好きになれる人は
現れないかもしれない‥‥‥。
それでも、今の私があるのも、
酒向さんに出会えたからだ‥‥。


ここにずっと居たいと心の声を
口に出してしまいそうで、自分の体から
温かい体温が離れるまで口をギュッと
つむっていた。



お店のドアを開けて、
不安そうに待つ紫乃さんに向かって
もう一度最後に丁寧にお辞儀をし、
車が見えなくなるまでずっとそこから
動かず見送った。



『‥‥‥あれで良かったのか?』


凪‥‥‥


「うん‥‥いいんだよ。」


『なら昼休憩にするぞ‥‥
 さっきは叩いて悪かった‥‥。』


「ううん、凪が居なかったらきっと
 話せてなかったから‥ありがとう。」


あの時、凪が気合いを入れてくれた
から酒向さんの前に立てたから
居てくれて本当に良かった‥‥



『フッ‥‥良かったな。』


頭を軽く小突く凪が滅多に見せない
嬉しそうな顔で笑ってくれる


酒向さん‥‥


私はすぐには強くなれないかもしれない
けれど、もしまた何処かで会える日が
来たら、次こそは笑顔で会いたい


あなたを傷付けた事実は変えられないし、さっきだって言葉を呑んでくれた
事‥‥優しい貴方だから分かってる。


残された時間を大切に、
これからもずっと生きる‥‥それが
私に出来る事‥‥


青い空を見上げると、走馬灯のように
今までの出来事が雲のように流れ、
そのどれもが全部愛おしく
自分の心に刻まれてゆく


その最後に見えた凪の笑顔に、
もう一度自分の心に素直に生きて
みたいと思えた。


『皐月‥‥‥明日出掛けるぞ。』


「うん」





遣らずの雨 上  完