遣らずの雨 上

大きく深呼吸をした後、軍手を取り
手を洗うと急いでお店に戻ると、
凪が私の肩に軽く触れた後工房に
向かって行ってしまった。


『紫乃、新名と少し話したいんだが、
 車で待っててくれるか?』


『えっ?‥‥嫌‥‥だって彼女は』


「あ、あの‥‥私からもお願いします。
 少しで構いませんから‥‥。」


真っ直ぐ前を向いて、不安にさせない
ように笑顔で紫乃さんに頭を下げる


本当なら酒向さんが言う前に自分から
そう言うべきだったのに、やっぱり
勇気が出なかったのだ


『‥‥分かったわ。』


「ありがとうございます。」


もう一度紫乃さんに頭を下げると、
酒向さんと視線を交わした後彼女は
お店から出て行った。



『新名‥‥ここで君に会えるなんて、
 驚いたよ。‥‥体調はいいのか?』


「はい‥おかげさまで。
 酒向さん‥‥突然の退社で部内の
 皆さんにご迷惑をおかけして本当に
 申し訳ありませんでした。
 私のそばで温かく優しく支えて
 下さったこと、本当に嬉しかった
 です。」


ありったけの感謝と謝罪の気持ちを
込めて頭を下げると、私の大好きな
優しい手が以前のように頭を撫でて
くれた。


もっと怒鳴られると思った‥‥。
あんなに優しい愛を注いで下さった
のに、挨拶もしないまま逃げた‥‥。



「ごめんなさい‥‥本当に‥‥。」


『新名‥‥俺は君がとても大切で
 守ってあげたいと思った。
 これからもずっと一緒に過ごして
 生きていきたいと‥‥。
 でも、紫乃が生きていて、彼女の
 死を受け入れたつもりだったが、
 いざ目の前に現れて混乱したのも
 事実だ。君のことだから、俺のことを
 思って行動したことくらい見てきた
 から分かってる。』


酒向さん‥‥‥


『新名、君のことを好きになった
 気持ちに嘘はないよ。最後まで
 自分の事よりも俺と紫乃のことを
 考えてツラい思いをさせたね‥‥。』


「私も酒向さんの事がとても大切で
 毎日が愛しいと思えました。
 生きててくれて良かったと言って
 下さったから今の私が居ます。
 本当に好きになって良かったです。」


泣きながら目元の涙を押さえると
笑顔で酒向さんを見上げた。


大好きだった愛しい人の面影を、
何度も夢に見た。


朝起きた時の温もりがないことに、
寂しくて泣いた日もある。


そんな初めての気持ちを教えてくれた
人に奇跡のようにまたこうして会えた。


2人がどんな関係なのかを、私が
聞く権利も資格もないけれど、どうか
幸せであって欲しい‥‥そう願う。