遣らずの雨 上



『おい、休憩に入れ。』


背中まで伸びたサラサラの髪を耳にかけ
立ち上がると、お昼休憩の時間を
とっくに過ぎていた。


工房から覗き込むように私を見下ろす
表情に笑顔を向けるものの、
またすぐに向こうに行ってしまった。



ぶっきらぼうな話し方は相変わらずで、
どんな時でもずっと変わらない態度は、
不思議な事に一度も嫌とは感じない



お父さんの紹介で医大の先生の元に
通いながら、ここでお世話になって
もう半年が過ぎた


半年前


不正脈が治るまでお父さんの家に一旦荷物を運び入れ、しばらくそこで休養
しながら自分が住んでみたい場所を
探していた。


自分の我儘で父の側を離れる前に、
治療をきちんと受ける事を条件として
料理や家事もこなしながら久しぶりに
家族との時間も過ごせたのだ。


そして選んだ場所がここ静岡市だった。


「凪さん、今日のお弁当です。」


『ん‥‥』


木のいい香りがする工房の机の上に
いつものようにお弁当箱を置くと、
作業しながらチラッと私の方を見た



本当にやりたい事は正直まだきちんと
見つかってはいないけど、好きな仕事に
携わりたいと思い、求人が偶々出ていた
この工房にすぐに問い合わせたのだ



凪さんこと葉山 凪(はやま なぎ)
さんは無垢材を使う家具職人で、私は
併設されているグリーンショップの
スタッフをしながら、電話番や、店番
をしている。



元々大好きだった家具を横目に
観葉植物達に囲まれる生活は、あの頃の
私にはここしかないと思うほど魅力が
あり、取り柄のない私を雇って
くれたことにとても感謝している。



凪さんはいつも菓子パンや
バランス栄養食ばかり食べてるから、
余計なお世話だと思ったけど、
お弁当を作ったら、ずっと何も文句も
言わず食べてくれている


無口で言葉数も少ないけれど、家具の
注文が多いのは、凪さんの作る無垢の
家具が繊細で温かく感じるからだと思う



この椅子も本当に座りやすいし
部屋に持って帰りたいくらいだ。



いつも頭の中が掴めない人だけど、
友達も多くて、偶に見せる笑顔なんて
カッコいいのに、普段が無愛想だから
勿体無いなって思える。


そう言えば凪さんって何歳なんだろ‥


半年も居るのに、オフの凪さんのことを
全然知らないや‥


『‥‥ごちそうさん。』


「いえ、お粗末さまです。」


ふふ‥‥


家具はあんなに繊細に作れるのに、
お弁当の包みの結び方の下手くそさに
笑みが溢れる


特に料理が得意じゃない私のお弁当を
最初は無表情で食べてたから、美味しく
ないのかと思ったけど、今までのも
全部残さず綺麗に食べてくれている