遣らずの雨 上

『あの‥‥』


えっ?


ドクン


嘘‥‥‥どうしてここに‥‥彼女が?


髪の毛は柔らかいロングウェーブで、
着ているフェミニンなワンピースに
よく似合っている


「あ‥あの‥‥」


『慧のことで話したいの。
 昨日あそこにいたのはあなたでした
 よね?私‥‥慧ともう一度やり直し
 たいの‥‥‥。事故にあって、4年間
 も意識不明だった私は、動けるように
 なるまで必死でリハビリをしたわ。
 慧は私を忘れて違う人生を歩んでると
 聞かされても、この目で確かめる
 まではって‥‥‥。
 交際を反対されていたけれど、まさか
 私が亡くなったと聞かされていた
 なんて知らなかったの‥‥‥。』


そんな‥‥‥‥


信じがたい話に動揺を隠しきれず、
両手で口元を押さえる。


4年間も意識不明だったなんて‥‥‥。


ずっと‥ずっと‥‥
会いたい人にもう一度会う為に
ここまで来て、会えた時の喜びなんて
きっと計り知れない‥‥


目が覚めて、一番会いたかった人が
自分の元を去ったと聞かされ、
それでも会いたくて一生懸命頑張って
ここまで来たことを思うと、自分の
思いの小ささに胸が締め付けられる



『私には慧しかいない。
 もう一度やり直したい‥‥
 だから‥‥‥』


「ッ‥‥」


胸の痛みを感じてその場に蹲ると、
呼吸がどんどん苦しくなる‥‥


落ち着いてゆっくり呼吸しないと‥‥



『新名!!!』


涙目で地面を見ていた視線を声を
する方に向けると、すぐに何かに
視界を覆われた途端に抱き抱えられた


『少しだけ我慢して‥移動するから、
 ゆっくり落ち着いて呼吸するんだ。
 いいね?』


視界が覆われていても、この香りと
愛しい人の声に、それだけで涙が
溢れてしまう


『慧!待って!!』


『‥紫乃‥‥後で連絡する。
 すまないが、今は帰って欲しい。』


酒向さんに話しかけたいのに、
苦しくて何もできない自分が悔しい‥


私を抱えたままゆっくりと歩く酒向さん
に揺られながらしばらくすると、
ガチャっと扉が開く音がして、すぐに
そこが車の中だと分かった。


ドアが閉まると、頭から被せられて
いたものが取られ、薄暗い視界の中で
私を心配そうに見つめる酒向さんと
目が合う


『もう大丈夫だから‥‥落ち着いて
 息をして‥‥‥。』


ハンカチで涙を拭ってくれると、
手を握られ、頭をゆっくりと撫でて
くれた。


後部座席に寝かされ、足元に座り
何も言わずに待つその優しさに、
この人を自分から突き放さないと
いけないと決心する


もう十分だ‥‥‥‥。


好きな人が出来て、恋をして、
その人と手を繋いで歩けた‥‥


何度もキスをした‥‥


大切に優しく抱き締めて
私の全部を受け入れてくれた‥‥


私‥‥すごい幸せ者じゃん‥‥‥



「さこ‥うさん。」


『無理して話さなくてもいいよ。
 ここにいるから。』