とくべつな人

歌い終わった後、ユウイチは、身体ががくがく震えていた。それも、そうで、いきなり歌ってみたら、身体はついていかないわ、緊張していたわ、恥ずかしい気持ちだってあった。
 しかし、サヤカは、
「頑張ったじゃん」とユウイチを労った。
 今日は、晴れている。
 そして、拍手が終わったら、みんなは、銘々、自分の用事をしていた。
「さっき」
「うん」
「たこ焼きを食べたいと言ったけど」
「私、言ったね」
「嫉妬したんだ」
 そうだ、嫉妬したのだ。
 確かに、クルマで、横浜駅まで向かった。そして、京急電車で横浜駅から堀之内駅まで来て思った。
 広場の近くにあるたこ焼きを食べたい、とサヤカが言った時、ユウイチは、怒った。
 でも、それだけではなかった。
 ユウイチは、たこ焼き屋を観たら、色んな事を思い出していた。
 ユウイチは、たこ焼き屋で、仕事をして何年と経っているが、そうでもない。結構、色んな客がいて、嫌なこともあった。無銭飲食をしたのもいたし、また、サヤカ以外にアルコールで酔って、店内で迷惑をかけた客もいた。
 そればかりではなく、取引先の人に対しても、「横柄な言い方をしている」と内心、感じながら、たこ焼き粉やタコの仕入れをしている。たこ焼きを焼くときに、火傷をして、整形外科や皮膚科へ何度も通ったし、また、重たいものを持って、輿を痛めたこともあった。
 お好み焼き屋とかもんじゃ焼きならば、兎も角、たこ焼きを焼く仕事をして、随分な目、散々な目にあっていた。
「嫉妬だけではない」
 少し、怒っている感じで言った。
「何が?」
 サヤカは、本当に、分からないから尋ねた。
 サヤカは、何て言えば良いのか分からなかった。
「たこ焼きを焼いていたら、色んな事を思い出したんだ」
 と俯いてユウイチは、言った。
「そっか」 
 静かに言った。
「私の言い方が、悪かったね」
 とサヤカは、言った。
 京急電車が、南の三崎口駅から東京の品川方面にカタンカタンと音を立てて、走っている音が聞こえてきた。
「ユウイチは、頑張って、いきものがかりの歌を歌ったからさ」
 とサヤカは、労った。
「ごめんね」
 とサヤカは、謝った。
 二人は、公園から、国道に出た。
 トラックが、バンと音を立てながら、北に向かって走って行った。
 道路沿いに、うどん屋さんが、あった。
「そうだ」
「何?」
「ここのうどんを食べない?」
 とサヤカは、ユウイチに言った。
「私、うどん、驕るよ」
 と言った。
 二人は、ドアをガラガラと音を立てて、開けた。
「いらっしゃいませ」
 と中年の男性が、挨拶をした。
 中年のエプロンを掛けた女性が、お茶を淹れた湯飲みと、おしぼりを持ってきた。
「ようこそ」
「ええ」
「注文、何にしますか?お父さん、お母さん」
 と言った。
 この時、中年のエプロンを掛けた女性は、言った。
 すると、ユウイチは、
「いや、お母さん、僕ら、まだ結婚していないので」
 と言った。
 しかし、傍目から見たら、二人とも、若い新婚カップルそのものにも見えた。ユウイチは、反論した。
 ところが、サヤカは
「私たち、付き合っているんです」
 と言った。
「よせやい、他人なのに」
 とユウイチは、言った。
 もう、3年付き合っているのか。ユウイチは、思った。ただ、そんな時、ユウイチは、「付き合っています」と恥ずかしくて言えない。または、「そうです」と正直に認めて素直に言えない。
 ところが、中年のエプロンを掛けた女性は
「お二人さん」
「はい」
 とサヤカは、言った。
「お似合いですよ」
 と、女性は、ニコニコして言った。
 その時、ユウイチは、知らんふりをしたが、サヤカは、女性には、ニコニコしているが、ユウイチにきっと睨みつけた。
「注文は、何にしますか?」
 とメニューを観て言った。
「きつねうどん、二つ」
 と言った。
「きつねうどん、二つで良いですか?」
「はい」
 と言った。
 そして、厨房で、調理している男性に
「大将、きつね二つ!」
 と大きな声で言った。
 二人は、店内を観た。
 すると、そこに、サインしている色紙があるのに、気がついた。見たら、わりと、有名な芸能人の名前があった。
 そして、横には、ギターがあった。
 サインに視線が言っているのに、気が付いた店員の女性は
「あれ、私の主人がもらったんです」
「へぇ」
「主人、ミュージシャンになるのが、夢だったんですけど、諦めて、今のうちのお店で仕事をしているんです」
 と身の上話をした。
「ただね、ミュージシャンになれなかったけど、一度、テレビの取材が入って、それで、なれなかったとしても、真似事をしているんです、ギターで、サザンオールスターズとか小田和正の曲を弾いて、たまに、公民館で、弾き語りをしているんです」
 と言った。
「はい、きつねうどん2つ」
 と大将が、言った。
「きつねうどん二つ」
 と女性は、言った。
「ああ、これね、今日のおまけをしておくね」
 と大将は、言った。
 そこには、きつねうどんと、辛子明太子のおにぎり二つがあった。
「それは、ただだよ」
 と大将は、言った。