新しい年を迎えて、早三週間。戦いのときが来た。
「実紅、準備は大丈夫? 先に車行ってるよ~」
「うん、すぐ行く」
どこへ行くときも着けていたネックレスは、今日は家でお留守番。代わりに、新品の腕時計を着けた。
「がんばろうね、司くん」
冷たい風が吹く中、受験会場まで到着した。お父さんに「実紅なら大丈夫だよ」と背中を押されて、一人決戦の地へ。
今からはひとりぼっちの戦いだけど、怖くない。司くんも一緒だと、知っているから。
◇◇◇
土曜日だというのに、皇前高等学校には生徒が集まっていた。騒ぎを聞きつけた先生が止めに入るがもう遅い。
グラウンドには、白雪司と黒羽大河の姿があった。生徒たちは、フェンスの外側から、教室の窓から、おのおの見やすいポジションを探している。
今日、皇前のトップが決まる。今まで『二強』と呼ばれてきた二人の実力はほぼ互角。どちらが勝つかは神さまの采配次第と思う生徒も少なくない。
「そろそろ始めようか」
「あぁ……」
二人は張り詰めた空気の中、お互いから目を離さない。まずは、安全な距離から相手の様子を窺うように。
先に動いたのは黒羽だ。強みである素早い動きで、一瞬で間合いをつめた。しかし、白雪もこの動きにはすぐに対応する。黒羽の繰り返される三連続のジャブを両腕でガードした。
守りに入った白雪に対し、黒羽は攻撃の手を止めない。さらに距離をつめると、今度は左のこぶしを下から突き上げる。みぞおちを狙ったが、次の攻撃を白雪は読んでいたかのように、右手でこぶしを抑え込んだ。
しかし、それが隙になる。白雪の右側はガードが緩くなり、黒羽は横から思い切りパンチをお見舞いした。
「かっ、」
脇腹にパンチを受けた白雪は、数ヶ月前に負傷した箇所がまた傷んで、思わず声が漏れる。よろける白雪を見て、黒羽は違和感を覚えた。
こいつがここまで弱いわけがない。
過去の対戦の記憶が脳裏をよぎる。その瞬間、視界の端で白雪が笑った。
「気ぃ抜くなよ」
白雪は軸足に力をこめると、体勢を崩したままキックで反撃をし、黒羽の頬にかすり傷を作った。
「クソ、当たんないか」
「……ふー……」
黒羽は後ずさりし、気持ちを切り替える。一瞬でも、油断した自分がバカだった。今日まで『二強』を背負ってきた男が、この程度で負けるはずがない。『二強』という不名誉な呼び名に、嫌悪しているのは自分だけではない。
今日、必ず勝って『トップ』になるのだ。
先ほどの攻撃で、多少は体力を消耗しているはずだ。いつも通り、手数で勝負にでる。はずだった。気づけば、視界はぐわんと揺れ、フェンスに体を打ち付けた。黒羽の胸ぐらを掴むと、白雪はその剛腕で投げ飛ばしたのだ。
「かはっ、」
黒羽は肺の空気を吐きだす。背中には激痛が走る。先ほどの脇腹への攻撃はたいして効いていないようだ。
ここにきて焦っていた。白雪にまだかすり傷一つつけていない。誰が見ても白雪が優勢だ。
「軽いな、黒羽」
立ち上がる黒羽に、白雪は余裕そうな表情でゆっくりと近づいてくる。この緩急が気持ち悪いのだ。黒羽は集中を途切れさせないよう、挑発には乗らなかった。
白雪はお返しと言わんばかりにパンチをくり返す。しかし、黒羽のガードが崩れることはない。白雪の一撃は、今まで戦ってきた誰よりも重たいと黒羽は感じていた。ガードするにも体力の消耗は激しい。自分が望む展開を、相手に取られている。
白雪の強みは、その重たい一撃と、冷静で回転の早い頭だ。黒羽の手の内を予想し、先にその展開へと持ち込む。相手にとっては焦りに繋がりボロがでる。
しかし、白雪には黒羽の動きをコピーできるほどの体力はない。攻撃のスピードが落ちてきたとき、黒羽はしゃがみ込んで、がら空きだった白雪の足元をとる。そのまま、白雪の腕を引き背負い投げで地面に投げつけた。
「甘いな」
「……ってぇ」
上手く受け身をとれなかった白雪の肩に激痛が走った。左手ではもう全力の攻撃は無理かもしれないと悟る。
転がったままの白雪の上に、黒羽が馬乗りになった。足が使えなくなり片手でどこまでしのげるか、白雪が考えていると黒羽はふと口を開く。
「お前、もっと強かっただろ」
「……そう? 別に今も弱くないよ」
「正直、二年のうちはお前に勝てるビジョンが見えなかった。
どこまで追い詰めても、お前の一撃に勝るものが出せる自信もなかった。バケモノだよお前。
でも、三年になってあきらかに弱くなってる」
「じゃあ、今日はお前が勝つのかな」
白雪のからかう様子が鼻につき、黒羽はカッとなった。怒りのまま右の頬にパンチをすると、白雪が口の端から血を流した。
「……そうかもな。少なくとも、今、お前に負ける気はしない。
恋愛なんかに現を抜かしている、弱いやつに」
黒羽は続けて頬、腹、とパンチの手を緩めない。このまま、白雪が意識を失うか、降参を告げれば勝ちが決まる。
苦しいはずの白雪は、軽く笑った。まるで攻撃など一切効いていないかのように。その姿に黒羽は少しゾッとした。
白雪は思い出していた。じいちゃんの「証明してみろ」という言葉、実紅が涙をこらえて伝えた言葉を。
『私、司くんがトップになれるって信じてる』
『だから、がんばって』
「がんばって」この一言が、こんなに心強いとは白雪は知らなかった。
白雪はクラクラしてきた頭を上げると、黒羽のおでこに向かって思い切りぶつけた。突然の頭突きに黒羽は体勢を崩し、白雪の上から追い出された。
「……クソ、石頭が」
「お互い様だよ」
二人は再び立ち上がり、対峙した。今までの白雪なら、頭突きなどしてこなかった。現状、自滅しかねない攻撃だからだ。
気が狂ったか、と黒羽は警戒する。しかし、白雪の表情はいつも通りだった。口の中に溜まった血を吐きだすと、白雪は告げる。
「黒羽は、俺が実紅に惚れたから弱くなったって言いたいのかもしれないけど……
バカだな、守るものがあるから強くなるんだろ」
受け身の失敗で、肩以外に腰もやられていた。頭もまだぐるぐる回る。それでも、白雪は黒羽へ向かって走った。最後のこぶしを振り上げて。黒羽も負けじと白雪に向けてこぶしを握った。
二人のこぶしが互いの頬を削るようにヒットした。瞬間、黒羽はとっさに手を出したことを後悔する。白雪の一撃をまともに受けてしまった。かすれる視界の中、自分を見下ろす白雪の姿が見えた。
「く、黒羽、ノックアウトー!!!!」
「白雪司の勝ちだ!!」
「皇前のトップは、白雪司で決まったぞーー!!」
戦いの間、静かに行く末を見守っていた生徒たちがワッと騒ぎ出す。皇前では異例の『二強』時代が幕を閉じ、二ヶ月後に卒業を控えた白雪司は皇前高等学校のトップになった。
◇◇◇
「わ、私、自分で見れないかも……」
「俺が見ようか?」
「それはそれで……」
「さっさと見ちゃいなよ。ほら」
「あ、ちょっと!」
司くんが私のスマホを奪う。画面をタップすると、ニヤリと笑った。
「合格、だって」
「……よ、よかった! やったよ司くん!」
「いて、実紅あんまり力入れないで……」
思わず司くんに抱き着いてしまった。それもそのはず、私も戦いに勝ったのだ。スマホの画面に映った「合格」の二文字に笑みがこぼれる。春からは、第一志望校に通えるのだ。
一月の共通テスト、二月の前期日程を終えるまで、司くんとは連絡すらとらなかった。司くんと黒羽くんの結果も気になっていたけれど、司くんの勝利を信じていた。
三月の頭、私の合格発表の日、久しぶりに公園で待ち合わせた。そこで、私の受験合格と、司くんの皇前トップという勝利報告をしあった。
「四月から楽しみだなあ」
大学へ通い始める頃には、桜も咲いているだろう。司くんと一緒に見た葉桜を思い出す。今年はお花見ができたらいいな、と密かに楽しみにしていた。
「そういえば、俺あれも一位だったよ」
ぴらり、と司くんが見えたのは学年末テストの結果だった。そこには『学年順位:一位』と書かれている。
「うっ……私と同点じゃん」
「ふふ、受験勉強で大変そうだったし、抜けるかなと思ったんだけどな」
最後の皇前でのテストは無事一位だったものの、司くんが同点。ケンカの傷を癒している間、勉強も忘れなかったらしい。全てでトップになる、と言った司くんは最後の最後に有言実行していたのだ。
「皇前のトップになったら『弱いやつばっか相手にして、強くなった気でいる生徒を退学にする』って言ってたけど」
「……まぁ、もう卒業も近し見逃すよ」
まだ残る傷口が勲章に見えた。あんなに怖かった『本当の白雪くん』の強さが、こんなに誇らしく思えるなんて、二年生になってすぐの私に言っても信じてもらえないだろう。
卒業式の日、最後の制服に袖を通した。
式が終わると、先生から「この学校から大学進学が決まるなんて」と泣かれてしまった。この環境下でも勉強させてくれたことに、改めて感謝を伝える。ここで学力一位は譲らない、という簡単そうに思える目標も、モチベーションに繋がっていたのは確かだった。
最後に二人で図書室に向かった。司くんが割った窓ガラスは、とっくにキレイに直されている。
いつもの席に座ると、思い出がよみがえる。怖いこともたくさんあった。でも、ここは確かに私の居場所になってくれた。
「もうお別れかぁ」
「遊びに来たらいいよ」
「司くんは来るの?」
「トップに呼ばれたら行こうかな」
クスクスと笑いながら、司くんは次のトップは誰かと予想を立てている。高みの見物をする司くんを見て、勝者の余裕と誇りをひしひしと感じた。
「あれ? 司くん、卒業後はどうするの?」
「実紅には言ってないっけ」
「え、決まってるってこと!?」
「ちゃんと決まってるよ」
司くんが勝ったことばかりで頭がいっぱいになっていた。ヤンキー高校生の卒業後のイメージができない。就職がほとんどだと先生は言っていたけれど、それなら面接があったはず。黒羽くんとの戦いのあと、顔にケガをしてギプスをしていた司くんにできたのだろうか。
少しつっついてみたものの、司くんは「まだ秘密」と言って教えてくれなかった。
気づけば、太陽が西へと傾きかけていた。
「そろそろ帰ろうか」
「待って! 最後に司くんと写真撮りたい!」
「ふふ、いいよ」
画角におさまるよう、二人で距離をつめる。隣の席ですら近いと思っていたのに、今では手も肩も触れあえる位置まで近づいている。キュッと手を握って、シャッターを押した。
「えへへ、ありがと」
写真の中の私は、入学式では想像もつかないくらい幸せそうに笑っていた。司くんの笑顔には『王子様』らしさは感じない。自然体の、私が本当に好きになった大好きな笑顔が写っていた。
司くんは『王子様』ではなかったけれど、私を愛し守ってくれた『最強のヒーロー』です。
「実紅、準備は大丈夫? 先に車行ってるよ~」
「うん、すぐ行く」
どこへ行くときも着けていたネックレスは、今日は家でお留守番。代わりに、新品の腕時計を着けた。
「がんばろうね、司くん」
冷たい風が吹く中、受験会場まで到着した。お父さんに「実紅なら大丈夫だよ」と背中を押されて、一人決戦の地へ。
今からはひとりぼっちの戦いだけど、怖くない。司くんも一緒だと、知っているから。
◇◇◇
土曜日だというのに、皇前高等学校には生徒が集まっていた。騒ぎを聞きつけた先生が止めに入るがもう遅い。
グラウンドには、白雪司と黒羽大河の姿があった。生徒たちは、フェンスの外側から、教室の窓から、おのおの見やすいポジションを探している。
今日、皇前のトップが決まる。今まで『二強』と呼ばれてきた二人の実力はほぼ互角。どちらが勝つかは神さまの采配次第と思う生徒も少なくない。
「そろそろ始めようか」
「あぁ……」
二人は張り詰めた空気の中、お互いから目を離さない。まずは、安全な距離から相手の様子を窺うように。
先に動いたのは黒羽だ。強みである素早い動きで、一瞬で間合いをつめた。しかし、白雪もこの動きにはすぐに対応する。黒羽の繰り返される三連続のジャブを両腕でガードした。
守りに入った白雪に対し、黒羽は攻撃の手を止めない。さらに距離をつめると、今度は左のこぶしを下から突き上げる。みぞおちを狙ったが、次の攻撃を白雪は読んでいたかのように、右手でこぶしを抑え込んだ。
しかし、それが隙になる。白雪の右側はガードが緩くなり、黒羽は横から思い切りパンチをお見舞いした。
「かっ、」
脇腹にパンチを受けた白雪は、数ヶ月前に負傷した箇所がまた傷んで、思わず声が漏れる。よろける白雪を見て、黒羽は違和感を覚えた。
こいつがここまで弱いわけがない。
過去の対戦の記憶が脳裏をよぎる。その瞬間、視界の端で白雪が笑った。
「気ぃ抜くなよ」
白雪は軸足に力をこめると、体勢を崩したままキックで反撃をし、黒羽の頬にかすり傷を作った。
「クソ、当たんないか」
「……ふー……」
黒羽は後ずさりし、気持ちを切り替える。一瞬でも、油断した自分がバカだった。今日まで『二強』を背負ってきた男が、この程度で負けるはずがない。『二強』という不名誉な呼び名に、嫌悪しているのは自分だけではない。
今日、必ず勝って『トップ』になるのだ。
先ほどの攻撃で、多少は体力を消耗しているはずだ。いつも通り、手数で勝負にでる。はずだった。気づけば、視界はぐわんと揺れ、フェンスに体を打ち付けた。黒羽の胸ぐらを掴むと、白雪はその剛腕で投げ飛ばしたのだ。
「かはっ、」
黒羽は肺の空気を吐きだす。背中には激痛が走る。先ほどの脇腹への攻撃はたいして効いていないようだ。
ここにきて焦っていた。白雪にまだかすり傷一つつけていない。誰が見ても白雪が優勢だ。
「軽いな、黒羽」
立ち上がる黒羽に、白雪は余裕そうな表情でゆっくりと近づいてくる。この緩急が気持ち悪いのだ。黒羽は集中を途切れさせないよう、挑発には乗らなかった。
白雪はお返しと言わんばかりにパンチをくり返す。しかし、黒羽のガードが崩れることはない。白雪の一撃は、今まで戦ってきた誰よりも重たいと黒羽は感じていた。ガードするにも体力の消耗は激しい。自分が望む展開を、相手に取られている。
白雪の強みは、その重たい一撃と、冷静で回転の早い頭だ。黒羽の手の内を予想し、先にその展開へと持ち込む。相手にとっては焦りに繋がりボロがでる。
しかし、白雪には黒羽の動きをコピーできるほどの体力はない。攻撃のスピードが落ちてきたとき、黒羽はしゃがみ込んで、がら空きだった白雪の足元をとる。そのまま、白雪の腕を引き背負い投げで地面に投げつけた。
「甘いな」
「……ってぇ」
上手く受け身をとれなかった白雪の肩に激痛が走った。左手ではもう全力の攻撃は無理かもしれないと悟る。
転がったままの白雪の上に、黒羽が馬乗りになった。足が使えなくなり片手でどこまでしのげるか、白雪が考えていると黒羽はふと口を開く。
「お前、もっと強かっただろ」
「……そう? 別に今も弱くないよ」
「正直、二年のうちはお前に勝てるビジョンが見えなかった。
どこまで追い詰めても、お前の一撃に勝るものが出せる自信もなかった。バケモノだよお前。
でも、三年になってあきらかに弱くなってる」
「じゃあ、今日はお前が勝つのかな」
白雪のからかう様子が鼻につき、黒羽はカッとなった。怒りのまま右の頬にパンチをすると、白雪が口の端から血を流した。
「……そうかもな。少なくとも、今、お前に負ける気はしない。
恋愛なんかに現を抜かしている、弱いやつに」
黒羽は続けて頬、腹、とパンチの手を緩めない。このまま、白雪が意識を失うか、降参を告げれば勝ちが決まる。
苦しいはずの白雪は、軽く笑った。まるで攻撃など一切効いていないかのように。その姿に黒羽は少しゾッとした。
白雪は思い出していた。じいちゃんの「証明してみろ」という言葉、実紅が涙をこらえて伝えた言葉を。
『私、司くんがトップになれるって信じてる』
『だから、がんばって』
「がんばって」この一言が、こんなに心強いとは白雪は知らなかった。
白雪はクラクラしてきた頭を上げると、黒羽のおでこに向かって思い切りぶつけた。突然の頭突きに黒羽は体勢を崩し、白雪の上から追い出された。
「……クソ、石頭が」
「お互い様だよ」
二人は再び立ち上がり、対峙した。今までの白雪なら、頭突きなどしてこなかった。現状、自滅しかねない攻撃だからだ。
気が狂ったか、と黒羽は警戒する。しかし、白雪の表情はいつも通りだった。口の中に溜まった血を吐きだすと、白雪は告げる。
「黒羽は、俺が実紅に惚れたから弱くなったって言いたいのかもしれないけど……
バカだな、守るものがあるから強くなるんだろ」
受け身の失敗で、肩以外に腰もやられていた。頭もまだぐるぐる回る。それでも、白雪は黒羽へ向かって走った。最後のこぶしを振り上げて。黒羽も負けじと白雪に向けてこぶしを握った。
二人のこぶしが互いの頬を削るようにヒットした。瞬間、黒羽はとっさに手を出したことを後悔する。白雪の一撃をまともに受けてしまった。かすれる視界の中、自分を見下ろす白雪の姿が見えた。
「く、黒羽、ノックアウトー!!!!」
「白雪司の勝ちだ!!」
「皇前のトップは、白雪司で決まったぞーー!!」
戦いの間、静かに行く末を見守っていた生徒たちがワッと騒ぎ出す。皇前では異例の『二強』時代が幕を閉じ、二ヶ月後に卒業を控えた白雪司は皇前高等学校のトップになった。
◇◇◇
「わ、私、自分で見れないかも……」
「俺が見ようか?」
「それはそれで……」
「さっさと見ちゃいなよ。ほら」
「あ、ちょっと!」
司くんが私のスマホを奪う。画面をタップすると、ニヤリと笑った。
「合格、だって」
「……よ、よかった! やったよ司くん!」
「いて、実紅あんまり力入れないで……」
思わず司くんに抱き着いてしまった。それもそのはず、私も戦いに勝ったのだ。スマホの画面に映った「合格」の二文字に笑みがこぼれる。春からは、第一志望校に通えるのだ。
一月の共通テスト、二月の前期日程を終えるまで、司くんとは連絡すらとらなかった。司くんと黒羽くんの結果も気になっていたけれど、司くんの勝利を信じていた。
三月の頭、私の合格発表の日、久しぶりに公園で待ち合わせた。そこで、私の受験合格と、司くんの皇前トップという勝利報告をしあった。
「四月から楽しみだなあ」
大学へ通い始める頃には、桜も咲いているだろう。司くんと一緒に見た葉桜を思い出す。今年はお花見ができたらいいな、と密かに楽しみにしていた。
「そういえば、俺あれも一位だったよ」
ぴらり、と司くんが見えたのは学年末テストの結果だった。そこには『学年順位:一位』と書かれている。
「うっ……私と同点じゃん」
「ふふ、受験勉強で大変そうだったし、抜けるかなと思ったんだけどな」
最後の皇前でのテストは無事一位だったものの、司くんが同点。ケンカの傷を癒している間、勉強も忘れなかったらしい。全てでトップになる、と言った司くんは最後の最後に有言実行していたのだ。
「皇前のトップになったら『弱いやつばっか相手にして、強くなった気でいる生徒を退学にする』って言ってたけど」
「……まぁ、もう卒業も近し見逃すよ」
まだ残る傷口が勲章に見えた。あんなに怖かった『本当の白雪くん』の強さが、こんなに誇らしく思えるなんて、二年生になってすぐの私に言っても信じてもらえないだろう。
卒業式の日、最後の制服に袖を通した。
式が終わると、先生から「この学校から大学進学が決まるなんて」と泣かれてしまった。この環境下でも勉強させてくれたことに、改めて感謝を伝える。ここで学力一位は譲らない、という簡単そうに思える目標も、モチベーションに繋がっていたのは確かだった。
最後に二人で図書室に向かった。司くんが割った窓ガラスは、とっくにキレイに直されている。
いつもの席に座ると、思い出がよみがえる。怖いこともたくさんあった。でも、ここは確かに私の居場所になってくれた。
「もうお別れかぁ」
「遊びに来たらいいよ」
「司くんは来るの?」
「トップに呼ばれたら行こうかな」
クスクスと笑いながら、司くんは次のトップは誰かと予想を立てている。高みの見物をする司くんを見て、勝者の余裕と誇りをひしひしと感じた。
「あれ? 司くん、卒業後はどうするの?」
「実紅には言ってないっけ」
「え、決まってるってこと!?」
「ちゃんと決まってるよ」
司くんが勝ったことばかりで頭がいっぱいになっていた。ヤンキー高校生の卒業後のイメージができない。就職がほとんどだと先生は言っていたけれど、それなら面接があったはず。黒羽くんとの戦いのあと、顔にケガをしてギプスをしていた司くんにできたのだろうか。
少しつっついてみたものの、司くんは「まだ秘密」と言って教えてくれなかった。
気づけば、太陽が西へと傾きかけていた。
「そろそろ帰ろうか」
「待って! 最後に司くんと写真撮りたい!」
「ふふ、いいよ」
画角におさまるよう、二人で距離をつめる。隣の席ですら近いと思っていたのに、今では手も肩も触れあえる位置まで近づいている。キュッと手を握って、シャッターを押した。
「えへへ、ありがと」
写真の中の私は、入学式では想像もつかないくらい幸せそうに笑っていた。司くんの笑顔には『王子様』らしさは感じない。自然体の、私が本当に好きになった大好きな笑顔が写っていた。
司くんは『王子様』ではなかったけれど、私を愛し守ってくれた『最強のヒーロー』です。

