The previous night of the world revolution4~I.D.~

「おっ…と、これは失礼」

後ろに誰かいたのか。気がつかなかった。

誰にぶつかったのかと顔を上げると、そこにいたのは、落ち着いた雰囲気の、若い青年だった。

長身に異国調の和風な衣装を着て、長い黒髪を後ろで一つに束ねた彼は、じっ、と俺を睨むように見つめていた。

この人…シェルドニア人か。

シェルドニア王国は、多種多様な文化の入り交じる国だと聞いている。

異国風の衣装を身に付けていることが、何よりの証拠だ。

「…失礼。怪我はありませんでしたか?」

俺は、シェルドニア語でそう言い直した。

発音は完璧なはずだが、ちゃんと通じているだろうか。

すると。

「…心配ない。こちらこそ、済まなかった」

抑揚のない静かな声で、そう答えた。

彼もシェルドニア語だ。ということは…やっぱりシェルドニア人なのか。

…ん?

俺はそのとき、彼が片手に持っている杯に気がついた。

その独特な形の杯は…。

「それ…シェルドニア古酒ですか?」

「これか…?そうだが。探しているのか?」

「えぇ。何処に置いてあるのか知ってます?」

「入り口とは反対側の酒類コーナーにある。それから…シェルドニア古酒なら、産地はシェルドニア原産のものを…ストレートで飲む方が良い」

「…?そうですか、分かりました。ありがとうございます」

俺がそう言うと、彼はすっ、と背を向け、立ち去っていった。

…何と言うか…何だか不思議な男だった。

「…ルレイア?今、何を話してたんだ?」

シェルドニア語が分からないルルシーは、俺が今彼と何を話していたのか知らない。

「なんか…シェルドニア原産?のお酒の方が良いって言ってましたよ」

「原産…?」

彼の言葉の意味は、実際に酒類コーナーに行ってみて、初めて分かった。

シェルドニア古酒と言っても、全国各地から来る客人の出身地に合わせて、ルティス帝国産のシェルドニア古酒や、アシススァルト産のシェルドニア古酒など、様々な種類があるのだ。

更に、シェルドニア古酒の水割りとかソーダ割りとか、アレンジも色々出来るようになってる。

成程、異国人であろうと、ちゃんと本場のシェルドニア古酒をそのまま飲めよ、と。

彼はそう言いたかった訳か。

「成程、じゃあ彼の助言通り、本場仕込みのシェルドニア古酒を飲んでみますか」

「だな。どんな味なのか…」

俺達はそれぞれ杯を手に、くぴっ、とシェルドニア古酒を飲んでみた。

が。

「うっ…なんか…結構キツいですね?」

「あぁ…ちょっとキツいな」

俺達が普段飲んでるお酒と比べると…かなりキツい。

これがシェルドニア古酒なのか。

「俺は平気だが…。でも、やっぱりルティス産のワインの方が美味しいな」

お酒にはめっぽう強いルリシヤだが、彼はあまりシェルドニア古酒は好きではないようだ。

俺は、そんなに悪くないと思うけどな。

キツいけど、これはこれで癖になりそうな味だ。

「慣れたら美味しいんじゃないですか?これ」

「そうか…?俺もちょっと口に合わんな」

ルルシーも、シェルドニア古酒は苦手なようだ。

えー。美味しいと思ったの俺だけ?

まぁ、キツいからそんなにたくさんは飲めないな。

結局、俺もシェルドニア古酒は一、二杯軽く飲んだだけで、あとはいつもの、ルティス産のワインを楽しんだ。