The previous night of the world revolution4~I.D.~

その主人の屋敷は、ヘールシュミット家の屋敷に負けず劣らず、広大なものだった。

おまけに主人は、自分の屋敷が少しでも汚れていることが許せなかったらしく。

小うるさい姑のように、部屋の隅の埃や、小さな汚れを見つけては、奴隷達を怒鳴り付けた。

怒鳴るだけでは飽き足らず、暴力にまで訴えてきた。

主人のお気に入りは、特注の鞭だった。

家にいるときは常にそれを持ち歩き、ほんの少し奴隷が自分の気に入らないことをしたときは、容赦なくそれで殴り付けてきた。

俺も、何度も殴られたことがある。

そのときの傷痕は、未だに消えていない。

外に出れば、主人は人当たりが良く、親切で慈悲深い人だと言われていた。

しかし家の中では…俺達奴隷にとっては…地獄の獄吏でしかなかった。

主人にとって奴隷は、人間ですらなかったのだろう。

奴隷が自分と同じ人間だなんて、考えたこともなかったはずだ。

残虐な主人のもとに仕える奴隷は、得てして不幸である。

俺も、そして母もそうだった。

おまけに、主人は残虐なだけではなかった。

浪費家で、でも一方では倹約家だった。

相反する言葉ではあるが、あの主人は両方の言葉が当てはまっていた。

自分の見栄と、それから自分の囲っている愛人の為なら、いくらでも金を注ぎ込んだ。

しかしそれ以外のもの…例えば奴隷の為に使う金など…は、一銭たりとも余分には使わなかった。

お陰で、俺達奴隷は毎日飢えに苦しめられていた。

奴隷が食べ物など、豚の餌で充分だと、当たり前のように考えている人だった。

自分はたらふく馳走をたべておきながら、奴隷達には毎日、小さなパンと薄いスープしか与えなかった。

あまりの飢えに耐えかね、厨房に忍び込み、パンを盗んだ奴隷の少年もいた。

彼のことは、一生忘れないだろう。

少年は捕まって、主人の前に引き立たされた。

そして、何度も何度も、倒れて気絶するまで鞭で打った。

気絶する度に冷水の入ったバケツに頭を押し込み、意識を取り戻したら、また鞭で打った。

あまりの残虐な罰に、同じく奴隷だった彼の母親が、後生だからもう許して欲しい、と土下座して訴えた。

しかし、主人は決して許しはしなかった。

それどころか、母親も同罪だとして、母親にも同様の罰を与えた。

結局、少年はその場で亡くなり。

母親の方は、その場ではなんとか一命を取り留めたが…ろくに治療もしてもらえず、拷問の傷が原因で、ほどなくして亡くなった。

それでも、主人は悪びれることすらなかった。

「自業自得だ」と笑っただけだった。

何でこんなに詳しく知っているかというと、俺も拷問の様子を見せられたからである。

俺だけではない。屋敷の奴隷は全員見せられた。

結局あの少年は、見せしめにされたのだ。

俺に逆らえばこうなるんだぞ、と奴隷達に教え込む為に。

俺はあのとき、まだ物心ついたばかりの幼子だったが。

ぐちゃぐちゃに裂けた少年の背中を、今でも覚えている。

それよりも俺の目に焼き付いて離れないのは、奴隷を鞭打っているときの、主人の残酷な笑みだった。

人を傷つけながら、何故ああも笑えるのか。

この男は、歪んでいる。

幼いながらに、俺はそれを確信していた。

この男だけじゃない。奴隷制度なんて残酷な慣習がある、このシェルドニア王国という国も…。