御曹司は優しい 音色に溶かされる

「ユウジ、彼女良いね。新しい子?」

とピアノを弾く女性の方を顎でしゃくる。

「ええ、先週から週二~三回来てくれて
いるんですよ。
音大の三年生で狩谷ゆりえ(かりやゆりえ)
さんって言ってました。
おとなしくて今時いないような清純派ですよ。
こんなところでピアノ弾いてて大丈夫
かなって心配になっちゃいますよ」

「へえ~、よく知ってるじゃん。
彼女に終わったらなんか飲み物作って
やってよ。
俺のおごりでいいよ」

「千隼さん、珍しいですね。女の子に興味を
持つなんて…いつも、言い寄られても無視
してるのにどういう心境の変化ですか?」

「別に、ただここに来るまでむしゃくしゃ
してたんだけど、彼女のピアノ聞いたらなぜか
胸がスーッと凪いで穏やかになれたから。
そのお礼」

「そういうことなら喜びますよ。
自分の演奏で癒されたなんて聞いたら彼女
きっと感激しますよ。
そう言ってやってください」

千隼は笑ってまたピアノの演奏に耳を傾けた。

今は少しテンポの速い子犬のワルツか?
かなり編曲されているが心が浮き立つような
曲調になっている。

三十分のステージだがリクエストにも応えて
ジャズも弾きこなしていた。

でも一貫しているのは音色が優しいと
千隼には感じられた。

こんなに心に染み入るピアノは初めてだ。

今日の千隼のストレスが溶けていくようだ。

ピアノの演奏が終わると控えめな拍手も
起こった。

彼女は照れたように頭を下げて譜面を持って
カウンターにやって来た。