「ヘラー様……?」


 どうしてここに? と問おうとしたところで、ヘラーがアデリナの肩に顔を埋める。


「ひどいじゃないか。俺になにも言わず、勝手にいなくなろうとするなんて。書き置きと離婚届を見つけた使用人が、急いで報告をしてくれたんだ」

「それは……私はただ、ヘラー様に幸せになってほしくて。私がいなくなれば、レニャ様と結婚できるから。だから……」

「俺の幸せは、アデリナと一緒にいることだよ」


 ヘラーはそう言うと、アデリナの正面に回り込む。


「アデリナは書き置きに『約束を違えるつもりはありません』って書いていたけど、俺だって同じだ。君とした約束を破るつもりなんて微塵もない」

「約束……」


 アデリナの脳裏にヘラーの言葉がよみがえってくる。


『確かに俺には過去に想い人がいた。けれど、今の俺はアデリナの夫だ。夫として、君のことを大切にしたいし、幸せにしたい。……というか、そうすると決めていたんだ。だから、俺は俺のしたいようにする。生涯君を愛し続けるよ』


 ヘラーの考えによれば、夫婦は愛し合うもの。その義務から作り上げた偽りの愛情――そんなものは離婚してしまえばチャラになる。アデリナはギュッと拳を握った。


「だけど、結婚した当初と今とでは違う。もう妻だから、っていう理由だけじゃない。アデリナ、俺は心から君を愛しているんだ」


 体がきしむほど強く、ヘラーがアデリナを抱きしめる。アデリナは小さく目を見開いた。