潮風に吹かれながら、アデリナはそっと膝を抱える。

 朝食を終えたあと、アデリナはひとりで屋敷を出た。使用人たちからはいつものように馬車を出すと言われたが『歩きたい気分だから』と断った。

 そうして彼女は馬車を乗り継ぎ、王都から遠く離れた場所――新婚旅行でヘラーと訪れた海辺にいる。おそらく今頃は、使用人たちが彼女の書き置きと、ヘラーのために用意した離婚届を見つけていることだろう。


(これでよかったのよね)


 そう思いつつ、涙がじわりとにじんできた。
 夕日に照らされた海がキラキラと光る。とても温かい――まるでヘラーの瞳のようだ。


(私はヘラー様を愛している)


 だからこそ、彼には心から幸せになってほしい。優しい彼に、これ以上嘘をつかせたくなかった。


『約束を違えるつもりはありません。これからはどうか、あなたが本当に愛する人と幸せになってください』


 ヘラーに向けた手紙にはそう書いた。罪悪感なんて抱いてほしくない。元々、彼がアデリナに与えてくれたのは偽物の愛情なのだ。彼女のことなど気にする必要がないと、きちんと教えてあげたかった。


『アデリナ、愛してるよ』

「――ヘラー様の嘘つき」

「嘘つきはアデリナのほうだろう? 帰ったら買ったものを見せてくれると約束したのに」


 その瞬間、後ろから思い切り抱きしめられる。アデリナの瞳から涙がこぼれ落ちた。