「離婚してほしい」


 夫から離婚を切り出されたのは、それからほんの数日後のことだった。フィオナは虚ろな瞳でハリーを見つめながら、返す言葉が見つからない。


「君には本当に申し訳ないと思っている。だけど……これ以上、君と結婚を続けても子がのぞめないから」


 フィオナの胸がズキズキと痛む。


「それで、わたしと離婚して……ストロベリーブロンドの女性と再婚をするの?」

「え?」


 フィオナが尋ねると、ハリーは見るからにうろたえた。

 ハリーに浮気相手がいることは知っていた。しかし、これまでフィオナは相手を特定することも、不倫を咎めることもしなかった。そうすることで、彼との結婚生活に波風を立てるのが嫌だったからだ。

 けれど、離婚を切り出された今、敢えて黙っている必要はない。

 フィオナはお腹の子を失ったあの日に出会った女性を思い返しつつ、静かに涙を流した。


「どうしてフィオナが彼女のことを? いや……僕は君ともう一度、夫婦としてやっていこうと思っていたんだ。フィオナに子どもができて嬉しかったし、幸せにしてあげたいって思った。それで、彼女との関係を清算しようと思ったんだ。だけど、こんなことになって……」

「……そう」


 ハリーは伯爵家の嫡男であり、跡継ぎが必要な立場だ。子をなすことのできないフィオナと一緒に居続けることはできない。

 ……そうとわかっていたから、ハリーの浮気相手はフィオナに近づいてきた。ハリーと離婚させるために、フィオナからお腹の子を奪い取ったのだ。


(もう、どうでもいいわ)


 差し出された離婚届にサインをしながら、フィオナは静かにため息をつく。こうなることはきっと、最初から決まっていたのだろう。悲しむだけ時間の無駄だ――そう思うのに、胸が痛くてたまらない。

「さようなら」と言い残し、フィオナは夫と暮らした家を出た。