(危なかったわ)


 彼女の瞳からポロリと涙がこぼれ落ちる。あと少し離れるのが遅かったら、二人の前で泣いてしまっていたかもしれない。

 どうしてだろう? 夫に他に好きな人がいても構わないと思っていた。両親にはそれぞれ愛人がいたし、貴族の結婚に愛情など必要ないと思っていた。夫婦として、それぞれに求められた役割を演じればいいのだと、そう思っていたはずなのに。


(いつの間にか、こんなにも好きになっていたなんて……)

「アデリナ!」


 と、背後から優しく肩を叩かれる。急いで涙を拭って振り返ると、困惑した表情のヘラーがいた。


「ヘラー様、どうして……」

「どうして、じゃないよ。アデリナを一人にできるわけないだろう?」


 ギュッと優しく抱きしめられ、涙が再びじわりと滲む。けれど、泣いていることに気づかれたくなくて、アデリナはさっと顔を背けた。