「そうですが、あなたは?」

「申し遅れました。俺はマリユス・ファビアン。君と婚約する男だよ」


 彼はそう言って私の手をギュッと握る。私は思わず息を呑んだ。


「ファビアン公爵、ですか?」

「そうだよ。よかった……ようやく会えた。ずっと機会をうかがっていたんだ。君はまだ学生だし、ウィンブル伯爵は『事情が変わったから待ってほしい』の一点張りだろう? だけど今夜、君がこの夜会に出席すると小耳に挟んだものだからね。来てみてよかったよ」


 ファビアン公爵はニコリと微笑みつつ、私のことをそっと抱き寄せる。ふわりと香る甘い香水の香り。明らかに女性慣れしたその態度に、思わず顔をしかめてしまう。


「恋人がいるって話だったね。大丈夫、俺は過去のことは気にしない主義だ。綺麗に水に流してあげるよ」

「それは……そのこともありますけど、私は文官になりたくて。ずっとずっと、そのために頑張ってきたんです。だから……」

「文官? ……ふふっ、君、まさか本気でそんなことを言っていたの? 伯爵の冗談だと思っていたんだけどな」


 馬鹿にしたような表情。私は思わず泣きそうになってしまう。