「ごきげんようアンベール様、それからラナ様」


 けれど、ダンスを終えた私に容赦なく現実が突きつけられる。ロミー様だ。


「こんばんは、ロミー。君も来ていたんだね」

「もちろんですわ。ねえアンベール様、あちらにわたくしのお父様も来ておりますの。アンベール様にとっても会いたがっていたから、少し挨拶をしていただけませんか?」


 そう言ってロミー様はちらりと私のことを見る。『本当ならアンベール様と夜会に出席していたのはわたくしなのに』と訴えるような視線だ。なんだか無性に申し訳なくて後ずさってしまった。


「ロミーのお父様が? だけど今夜は……」

「私はそのへんにいるから気にせず行ってください」


 アンベール様の返事を待たず、私は人混みのなかに身を隠す。


『勘違い、しちゃ駄目ですよ』


 わかっている。……わかっている。
 それなのに、ついつい期待したくなる。自分の恋心が成就するんじゃないか、このままアンベール様と生きる未来があるんじゃないかって。


(馬鹿だな、私)


 こうなることは簡単に予想ができたはずだ。恋人のふりなんてしてもらったら、もっと彼を好きになる。引き返せなくなるだけだって。

 だけどそれでも、私はアンベール様に優しくされてみたかった。ロミーさんのことが羨ましくて、彼女に成り代わりたいと思っていた。恋人のふりをしてもらったら、きっとものすごく幸せだろうって。


「失礼……ラナ・ウィンブル伯爵令嬢かな?」


 そのとき、背後から誰かに声をかけられた。知らない声。振り返ると、銀色の長髪が美しい中性的な顔立ちの男性が立っていた。