「恋人のふり、ですか?」

「そう。恋人がいるからファビアン公爵とは結婚できないとお父様に説明するんだ。彼と正式に婚約を結んでいない今なら話を覆せるかもしれない。僕は身分的にもファビアン公爵に引けをとらないし、政略結婚のメリットは十分にある。お父様も考え直してくれるかもしれない、だろう?」

「それは……そうかもしれないけど」


 これでは、アンベール様に多大なる負担をかけてしまう。恋人のふりをすればグラシアン侯爵家にも確認が入ってしまうだろうし、変な噂が立ってしまったら大変だ。私から『是非そうしてほしい』なんて言えるはずがない。


「文官になりたいんだろう? そう思って何年も必死に勉強してきたんだろう?」


 アンベール様が言う。私は思わず目頭が熱くなった。


「だったら、迷うことなんてない。僕を利用しなよ。それに、この話は僕にとってもメリットが十分にあるんだ」

「え?」


 本当だろうか? 首を傾げた私に、アンベール様は優しく微笑んだ。


「ラナ嬢と張り合えなくなったら僕の成績が落ちてしまう。君がいるから僕は頑張れるんだ。だから、迷惑だなんて思わないで」


 アンベール様が私の涙をそっと拭う。思わぬことにドキッとした。


「……それじゃあ、お言葉に甘えて」

「うん。よろしく、ラナ嬢」


 私たちはそう言って握手を交わした。