夏休みも終盤の今日。

夕暮れ時、私はお母さんに浴衣を着せられていた。

淡いピンク色で睡蓮が描かれており、紺色を基調としている。

実は、翠くんと花火大会に行く約束をしたのだ。

この短期間で一緒にどこかへ出かける仲に発展したことに、自分でもびっくりしている。

あの日を境に毎朝公園へ足を運び、翠くんとたくさん言葉を交わしたことが、距離が縮まったきっかけだ。

髪を結んでもらっていると、お母さんがしゃべり始めた。



「ねぇ、花火大会は誰と行くのかしら?」

「……友達、と」



疑問をぶつけてきたお母さんに、呟きを返す。

確かに、この行事は毎年家族と観に行っていたので、不思議に思われても仕方ない。

すると、お母さんは微笑みながら声をあげた。



「あぁ、よかった! 紡美にも友達ができたのね」

「……え?」



全部見透かされているような発言に、驚愕する。



「紡美ってば、最近ちょっと様子が違ったからね。友達の話をあまりしなくなったし、中学の時は放課後遊んでたのに、真っ直ぐ帰ってくるようになったし。お母さん、少し心配してたのよ」



お母さんの優しい声が、鼓膜を震わせる。

テレビを観ていたお父さんは、あたたかい目で私を眺めていた。

そうだったんだ……うまく隠しているつもりだったけど、女の人の勘は鋭いなぁ……。



「紡美……いつも早朝に外出しているのは何だ?」



嘘……そのことまで……。

さっきから驚きが絶えない。



「何か、事情があるんでしょ? 今、無理に言う必要はないからね。―――はい、髪できた」



どうやら、もう髪のセットが終わったようだ。



「いってらっしゃい。楽しんでね」

「あ、うん」



慣れない下駄をカランコロンと鳴らしながら、待ち合わせ場所へ向かう。

公園に着くと、翠くんは柵にもたれかかってスマホを操作していた。



「翠くんっ」

「あ、紡美!」



私に気づいた翠くんは、小さく手を振ってくれる。

私は小走りで駆け寄った。



「浴衣着てるの? 似合ってるじゃん」

「ふふ、ありがとう」



ストレートに褒められて、照れ臭い気持ちになる。



「行こっか」



さりげなく手を握られて、ドキッと心臓が跳ねた。

翠くんといると、たまに胸が高鳴る。

この感情も、友達に対するものだったっけ……?


* * *


花火大会の会場は、地元の川だ。

土手にレジャーシートを敷き、二人で腰を下ろす。

規模は小さいけれど、ここはたくさんの人で賑わっていた。

しばらくすると、爆音があたりに轟いた。



「きた……!」



キラキラと輝く花火が、夜天を彩る。

シャワーのように降り注ぎ、煙を残して闇夜に溶けていった。



「わぁっ……!」



思わず、感嘆の声が飛び出る。

そして、次々と花火が打ち上げられた。

弾けては散っていき、夜空というキャンパスが何通りもの色で染まっていく。

―――なんか、私たちみたいだな。

どん底にいた私に、光をくれた翠くん。

儚く、華麗な花火を傍観しながらそんなことを考えていると、ロケットのように天高く昇っていく光芒が視界に入った。

―――ドンッッ‼

大輪の花が咲いた、という表現がふさわしいだろう。

周りからは、一際大きな歓声が湧き起こる。



「すごいねっ、翠くん!」



子供のようにはしゃぐ私を見て、翠くんは笑みを浮かべた。





花火大会が終わり、私たちは家路についた。

夜風に吹かれて、浴衣の裾が軽やかに舞い踊る。

私は心の中で、花火の美しさを反芻していた。

夢みたいだったなぁ……。



「花火、綺麗だったな」



どうやら翠くんも似たようなことを考えていたようで、なんだかこそばゆい。



「ねー! 最後の花火はすごい迫力があった」



暫時、静かな時間が流れた。



「―――私、翠くんともう少し一緒にいたい」



沈黙を破ったのは私のほう。

ためらいつつも、素直な思いを伝える。

翠くんは目を丸くしていたが、ゆっくりと首を縦に振った。とても穏やかな表情だ。



「……じゃあ、遠回りして帰るか」

「うんっ」



再び歩き出すと、翠くんが急に立ち止まった。



「どうしたの?」



心配になって、顔を覗き込む。

すると、翠くんの真剣な瞳と私の視線が絡んだ。



「紡美、来年も来ような」



翠くんの未来に当たり前に私がいることが嬉しくて、笑顔が溢れる。



「……絶対だよ?」



花火大会の余韻が、私たちの心を優しく包み込んでいた。