憧れだった高校生になって、三ヶ月を過ぎた。



「マジ⁉ 芽依(めい)って翠(すい)のことが好きなんだ~」

「……っす、翠くんには内緒だよ?」

「うちら協力するからさぁ、頑張れ!」

「おはよー……。あ、真希(まき)っ、昨日のドラマ観た⁉」

「もちろん! 激アツ展開だったよね~‼」



いいなぁ……。

朝。クラスメイトたちは仲間同士で固まって、和気あいあいと談笑をしている。

それに対し、輪に入りそびれた私―――桃平紡美(ももひらつぐみ)には、本しか相手がいない。

すなわち、〝独りぼっち〟なのだ。

なぜこうなってしまったのか。

それは、私が出遅れてしまったからだ。





私は入学初日に、コロナウイルスに感染した。

熱がなかなか下がらず、一週間後に登校した時には、すでにグループが出来上がっていて……。

人見知りの私には、今さら友達作りを始めることなんてできるはずがなかった。

夏休み直前になった現在も、クラスに馴染めず、打ち解けられないままの状態が続いている。





私の理想は、友人と青春を謳歌すること。

だから、独りになりたくてなったわけではないし、率直に他の子が羨ましい。

でも、何も行動を起こせないのだ。私は勇気のない臆病者だから。

想像とは異なる生活に変化が訪れることを、毎日毎日、夢見ている。

ただそれだけ。


* * *


ついに、夏休みが到来した。

あぁ……一学期が終わっちゃったな……。

夜、自分に失望しながらベッドの上で瞼を閉じる。

―――が、よく眠れず、起床時刻はなんと四時だった。

目が冴えてしまって二度寝する気になれず、朝涼みをしに出かけることにした。

カーディガンを羽織り、スマホを手にこっそり家を出発する。

日が昇る前の時間帯は、街灯がオレンジ色のあたたかな光を灯していないと真っ暗で、町は静まり返っていた。私のように歩いている人は誰もいない。

柔らかな風が、肌を撫でる。

涼しい……。

夏とは言えど、朝?は過ごしやすい気温だ。

あてもなくぶらぶらしいると、あるところに辿り着いた。

それは、滑り台にブランコ、砂場しかない、小さな公園。

ここは、私が幼い頃によく遊んでいた場所でもある。

今はすっかり来なくなってしまったけれど。

懐かしさに浸りながら、なんとなくブランコの上に腰を下ろした。

それから、どれぐらい時間が経っただろうか。

空の色が変化し、太陽が姿を現した。

―――夜明けだ。

綺麗……。

初めて見る光景に、ぼうっと見惚れる。



「―――あれ、桃平さん?」



ふと、背後から男の子の声が聞こえた。

反射的に振り返ると、そこには予想外の人物がいて、瞬きを忘れる。



「……東雲(しののめ)、くん?」



彼は、私と同じ反応をしていた。

東雲くんこと東雲翠は、クラスの人気者。

友好的な性格で、誰に対しても分け隔てなく接することができる、とても誠実な子だ。

一言でいうと、東雲くんは太陽。

惑星が太陽の周りを公転しているように、東雲くんは常にたくさんの人たちに囲まれている。

そして私は、恒星の光を反射することでしか輝くことのできない月だ。



「……どうしてここに?」

「あ、俺、高校へ進学するのを機に引っ越してきたんだ。日の出を見るのが好きで、いつもこの公園に来てんの」



訝しげに尋ねると、東雲くんは丁寧に説明をしてくれた。



「てか、俺の名前知ってんだ」



東雲くんは、どういう訳か嬉しそうな眼差しで私のことを見つめている。

だって、クラスメイトだもん……。

とは、口にしないでおく。



「実はさ、桃平さんと話してみたかったんだよね」



ニカッと、東雲くんは無邪気に笑った。

そんな彼が眩しく映って、視界が滲んでいく。



「えっ……だ、大丈夫……?」



ずっと抑えていた感情が、堰を切ったように瞳からボロボロと零れてきた。

私は嗚咽を我慢するために、下唇をきつく噛む。



「……っ……」

「ごめん、ハンカチねーや!」



 東雲くんは、涙を流す私を見て、慌てふためいていた。





溜め込んでいたものは、爆発して、跡形もなく消えた。

自分が気に障ることを言ってしまったのではないかと心配している東雲くんに、私は全てを伝えた。



「そっか……桃平さんは、寂しかったんだな」



東雲くんの言葉に、こくんと頷く。



「一人は……辛い……」

「―――でも、今は俺がいるよ」

「え?」

「なんかあったら、いつでも来いよ。話し聞くから。ここで待ってるし」



そう告げて、東雲くんは去っていった。

道が拓け、希望の光が差し込む。

灰色の日常が、少しだけ……ほんの少しだけ、明るく色づいた気がした。