あなたなんかいなくても

「あっ俺、部屋に忘れ物した。
ちょっと取ってくるから二人でやってて」
いつもきっちりしている高梨さんも忘れ物するんだ。

専務と二人になると話しにくい。
と言うか、二人で話すの初めてかも知れない。
「西桐さん…、佳乃ちゃん、俺のこと覚えてる?」
専務からの初めての名前呼びって、そしてまさかの『ちゃん使い』!
それに覚えてるもなにも話すの初めてですよね?
「その顔はまったく覚えてないな」
いつもの専務と違い、色っぽくて意地悪な顔をしてる。
私たち、何か接点ありました?

「おいおい思い出してくれたら良いから」
中途半端なこと言わないでハッキリ言ってほしい…。
「何か食べる?」
早く高梨さん、帰ってきて!
専務のスマホがバイブした。
祈り届かず「高梨、戻れないって」

その後「名前呼びなんだろ、なら俺は?」
専務、酔ってます?
まだビール半分も減ってないんだけれど…。
「湊専務…」
「今、仕事じゃ無いから役職は要らない」
はぁ?
じゃ、藤澤さんで良いのでは!
いっぱい食べたのに、食べた気がしない。
「ゆっくり思い出して、送っていくから。今は実家じゃ無いんだね」
上司だから?
プチストーカーでは無いことを祈ろう。