「美愛さんです!」
その言葉が聞こえたとき私は呆然としていた。いつも私だったのに…なんで美愛なの!なんで、なんで!私だってちゃんと練習してるのに!私は、涙がたくさんたまった眼で帰り路を歩いた。
「ただいま」
そんなこと言っても家には誰もいない。そもそもピアノは学童代を減らすためにやり始めたことなのだ。その代わり両親はたまったお金で大きなピアノを買ってくれた。グランドピアノではないが、美愛のピアノなんかとは比べ物にならないくらい大きい。美愛のなんかろくに音の出ないオルガンだ。私は電気をカチッと付けた。机の上に置かれた冷めた冷凍食品。美愛とは環境が違うんだ。だからって張り合ったって仕方がないとは思えない。でも、どうしても勝ち負けが知りたいのだ。でも負けたら悔しい。クッションを抱きかかえてうつぶせになった。涙がツーっと頬を伝い、クッションを濡らした。
「うぅ、なんで!なんでなのよ、美愛よりもずっとずっと練習してるはずなのに。」
そうだ美愛は英語もフルートも塾にだって行ってる。練習の時間は圧倒的に私のほうが多いはずだ。そうして顔を上げると薄ピンクのクッションはぐっしょりと濡れ、濃いピンクに変色していた。
「こんな時間よりも、練習しておかないと」
私はゆっくりと立ち上がると、ピアノを弾き始めた。何度も何度も引いた。でも一回も完璧には引けない。やっぱり美愛にはかなわないんだ。いやだ。いやだ。それは絶対に嫌。美愛に勝つのをあきらめるなんて、絶対に嫌だ!練習をたくさんした。何度も何度も、何度も何度も。指の先にタコができるまで弾いた。痛かった。もっと弾きたかった、練習しておかなくちゃならないと思った。でも夕食の時間になって、ピアノをやめなくちゃいけなかった。美愛より上手に引けなかった。それだけの事実が私の心にジーンと響いた。悔しかった。その日はずっと泣いていた。
翌日ー
「えー?みあちゃん、コンクール出るの?すごーい」
教室に着いた時から女子たちが美愛の周りに集まっていた。光恵と私をのぞく人以外。何よ!私は何回もコンクールに出てるのに。あんなこと一回もされたことない。
「ちょっと。なんで美愛の時だけそうなるわけ?私は何回もコンクールにも出てるのに、一回もそうされたことないんだけど」
気づいたら私はそう言っていた。教室がシーンと静まり返った。言っちゃいけなかったと後悔したけど後の祭りだった。
「か、奏音ちゃんそういうことされたいタイプじゃないかなぁ?とおもって、やってなかったんだけど。」
やがて一人の女子が口ごもりながら言った。絶対そういう理由じゃない。私のことみんな嫌いだからだ。でもそうやって言えなかった。納得できないまま終わった。
家に帰ってまた練習した。その繰り返しだった。美愛に勝つまではこの生活は終わらない。自分へのご褒美は、美愛に勝った時だけだ。いつかは絶対美愛に勝つ。絶対絶対。勝つんだ。美愛に勝たない自分なんて未来には見えない。

いかがだったでしょうか。初作品なので、変なところも多めに見てください。また少し経ったら2話や3話も出しますので。